教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

個の学力と集団の学力 ~タブレット時代の学力考~

昨年度、タブレット端末に向かって黙々と回答する「最先端」の数学の授業場面を見て、30年近く前のことを思い起こしていました。

 

たしかにタブレット端末を使ったオンライン学習は「最先端」です。しかしそれは学ぶ手段が「最先端」ということであって、取り組んでいる課題は古くて新しいものです。

 

30年ほど前、私は学力向上の取り組みの渦中にあって、推進の舵取りを担っていました。取り組みの大きな柱は2つあって、1つは授業改革でもう1つは学習の個別化でした。

授業改革は教える側の問題であり、「集団の学力」をターゲットにしています。

学習の個別化は学ぶ側(学ぶ意欲)の問題であり、「個の学力」をターゲットにしています。

 

学習の個別化をすすめるにあたって、まず「個人カルテ」を作りました。教員が個々の子どもの学習達成度を共有するためです。

つづいて、大がかりな学習プリント群の作成にとりかかりました。1年生から6年生までの「数と計算」領域の全単元を系統化し、確認→練習→再確認の流れをシステム化して1000種類ほどの作ってプリントを整理棚に並べました。

一斉朝学習の時間になると各自の進度表にしたがってプリントに取り組み、備え付けの正答集でマル付けをします。全教師がいずれかの教室に入り込み、「ヘルプ」を求めた子を支援します。

 

30年前に手作業で構築したシステムはオンラインの先にある企業が担い、学びも管理もすべてタブレット端末で完結します。ずいぶん便利になったものです。

 

今日の「最先端」は、数年後には「当たり前」になることでしょう。それはそれでいいことなのですが…。

 

私が手作りプリントで学ぶ側からの学力アプローチを進めていた時、それは教える側からの学力アプローチと一体不離のモノでした。

教える側からの学力アプローチ、つまり授業改革でめざしたのは、個々の子の学ぶ意欲につながる授業です。集団としての学びの質が高ければ高いほど、個々の子はそこから学び刺激を受けます。その結果として個の学力が高まり、それが集団の学びをさらに高めます。そういう学力の好循環を育てようとしたのです。

学力にゴールなどありませんから、取り組みは「道なかば」で終わっていますが。

 

タブレット時代の入り口に立って感じるのは、機器に使われている教師と子どもの多さです。しばらくは機器に振り回され、過度に依存する時期が続くのでしょう。やがて機器をツールとして使いこなせるようになった時、立ち止まって考えていただきたいのです。

タブレットは育てようとする学力のどの部分を担い、それはあなたの授業にどう位置づけられるのでしょう。検証の軸は「個の学力」と「集団の学力」という古くて新しい永遠のテーマです。