現職教員である義弟と飲んでいたとき、いつしか教育談義になりました。
どうした話の流れであったかは曖昧ですが、彼は「『人間性』を評価するのはおかしい。人権侵害だ」と言い出しました。
「人間性」というのは、学習指導要領で示された「学びに向かう力,人間性等」を指しています。指導要録の観点別評価の項目としては「主体的に学習に取り組む態度」となっていますが、この観点が「学びに向かう力,人間性等」と深く関わっています。
2020年度は改訂指導要録のスタートの年です。
学校を離れて6年も経てば、指導要録など遠い話です。
観点別評価が4つの観点から3つの観点になったことさえ、聞いたような聞いてないような…。
もう一度、順を追って今日までの経緯をたどります。
話は、2007年の学校教育法改正にさかのぼります。
これは、2006年の教育基本法改正を受けた大はばな改正です。(教育基本法改正については、「安倍教育改革の遺したもの」のシリーズを参照)
まずスタートにあたり、2007年の学校教育法改正は、安倍政権のもとで成立した改正教育基本法の同軸上にあるということを頭の隅に置いておいてください。
2007年の学校教育法改正において、「学力」が法的に定義されました。
学校教育法第30条2項がそれです。
学校教育法
第三十条 小学校における教育は、前条に規定する目的を実現するため
に必要な程度において第二十一条各号に掲げる目標を達成するよう行
われるものとする。
②前項の場合においては、生涯にわたり学習する基盤が培われるよう
、基礎的な知識及び技能を習得させるとともに、これらを活用して課
題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をは
ぐくみ、主体的に学習に取り組む態度を養うことに、特に意を用いな
ければならない。
これがいわゆる「学力の3要素」と呼ばれるものです。
「学力」の定義がこれでいいのかという問題は、ここでは横に置きます。(本当はここが根源なのですが…)
ただ、なぜこの時期に定義されたのかということは、歴史の流れの中で問い返す必要があります。
そして、一般的で抽象的な言葉によるの定義の奥に込められた「意志」(政治的意志、思想的意志)については、注意深く検証する必要があります。
それらは、一定のタイムラグをもって教室に具現化されるものであることを付言しておきたいと思います。
学校教育法の改正は、2008年1月17日の中央教育審議会答申に具体化されていきます。
幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について (答申)
平成20年1月17日
中央教育審議会2.現行学習指導要領の理念
(改正教育基本法等と「生きる力」)
○ 平成18年12月に約60年ぶりに改正された教育基本法において新たに教育の目標等が規定された。同法第2条*2 は、知・徳・体の調和のとれた発達(第1号)を基本としつつ、個人の自立(第2号)、他者や社会との関係(第3号)、自然や環境との関係(第4号)、日本の伝統や文化を基盤として国際社会を生きる日本人(第5号)、という観点から具体的な教育の目標を定めた。
○ また、平成19年6月に公布された学校教育法の一部改正により、教育基本法の改正を踏まえて、義務教育の目標が具体的に示されるとともに、小・中・高等学校等においては、「生涯にわたり学習する基盤が培われるよう、基礎的な知識及び技能を習得させるとともに、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくみ、主体的に学習に取り組む態度を養うことに、特に意を用いなければならない」と定められた(第30条第2項、第49条、第62条等)。
○ これらの規定は、その定義が常に議論されてきた学力の重要な要素は、
① 基礎的・基本的な知識・技能の習得② 知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等
③ 学習意欲
であることを明確に示すものである。
○ このように、改正教育基本法及び学校教育法の一部改正によって明確に示された教育の基本理念は、現行学習指導要領が重視している「生きる力」の育成にほかならない。
ここで注目しておきたいのは、学校教育法が定義した「学力の3要素」のうち「知識・技能」と「思考力・判断力・表現力」については、中教審答申も同じ文言を使っています。ところが、「主体的に学習に取り組む態度」については「学習意欲」という表現に置き換わっています。
従来の観点というのは、「知識・理解」「技能・表現」「思考・判断」「関心・意欲・態度」という4観点でした。
それが「知識・技能」「表現・思考・判断」「学習意欲(=関心・意欲・態度)」という3観点に整理された形です。(「知識・理解」「技能・表現」「思考・判断」が「知識・技能」「表現・思考・判断」に至った経緯については、ここでは扱いません)
「答申」では、「学習指導要領改訂の基本的な考え方」の項目立ても次のようになっています。
5.学習指導要領改訂の基本的な考え方 ・・・・・・・・・・・・・21
(1) 改正教育基本法等を踏まえた学習指導要領改訂・・・・・・・21
(2)「生きる力」という理念の共有 ・・・・・・・・・・・・・・22
(3) 基礎的・基本的な知識・技能の習得・・・・・・・・・・・・23
(4) 思考力・判断力・表現力等の育成・・・・・・・・・・・・・24
(5) 確かな学力を確立するために必要な授業時数の確保・・・・・26
(6) 学習意欲の向上や学習習慣の確立・・・・・・・・・・・・・27
(7) 豊かな心や健やかな体の育成のための指導の充実・・・・・・28
中教審答申を受ける形で、2008年3月に学習指導要領が改定されます。
小学校学習指導要領
平成20年3月
第1章 総 則
第1 教育課程編成の一般方針
各学校においては,教育基本法及び学校教育法その他の法令並びにこの章以下に示すところに従い,児童の人間として調和のとれた育成を目指し,地域や学校の実態及び児童の心身の発達の段階や特性を十分考慮して,適切な教育課程を編成するものとし,これらに掲げる目標を達成するよう教育を行うものとする。
学校の教育活動を進めるに当たっては,各学校において,児童に生きる力をはぐくむことを目指し,創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開する中で,基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ,これらを活用して課題を解決するために必要な思考力,判断力,表現力その他の能力をはぐくむとともに,主体的に学習に取り組む態度を養い,個性を生かす教育の充実に努めなければならない。その際,児童の発達の段階を考慮して,児童の言語活動を充実するとともに,家庭との連携を図りながら,児童の学習習慣が確立するよう配慮しなければならない。
「主体的に学習に取り組む態度」に関しては、中教審も学習指導要領もそれほど大きな関心を払っていなかったような印象を受けます。(実際は、極端にタイトなタイムスケジュールが影響したと考えられます。)
ちなみに、指導要録の観点別学習状況の評価では従来の4観点が継承されます。
ここに指導の観点と評価の観点がずれる、ダブルスタンダードになるという問題が生じます。
(つづく)