教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

「ヤングケアラー」の衝撃

「家族の世話を担う子(ヤングケアラー)

               中高生の20人に1人」

 

4月13日の朝刊(朝日新聞)に、大きな見出しが躍っていました。

それは、松山英樹がマスターズで優勝したニュースの興奮を瞬時に冷めさせる衝撃でした。

 

厚生労働省は、全国の公立中学の2年生と公立高校(全日制など)2年生を対象に「ヤングケアラーの実態に関する調査研究」のアンケートを実施(2020年12月~2021年1月)し、13777人から回答を得ました。

その結果が12日に発表されました。

中学2年で5.7%、高校2年(全日制)で4.1%が、「世話している家族がいる」と回答しました。……つまり「中高生の20人に1人」がヤングケアラーというわけです。この数字から推計すると、全国の中学2年で約5万5千人になります。

世話に費やす時間は、中学2年で平日1日平均4時間です。7時間以上という回答も1割を超えています。

その結果、「宿題や勉強をする時間がとれない」(16.0%)、「自分の時間がとれない」(20.1%)といった事態が起こっています。

 

私は、あまりにも無知でした。「ヤングケアラー」という言葉さえ初見です。

私の教室にいた子どもたちの1人か2人が、卒業からわずか2年後に、家族を世話する日常を送っていたかもしれないのです。そうした想像力さえ持ち合わせていなかったことが、痛恨の極みです。

いまさらながら振り返ってみれば、ふと思い浮かぶ子がいます。

 

 

新聞記事は、「英国などではサポートする仕組みの整備が進むが、日本は遅れが指摘されてきた」と結んでいます。

 

厚労省が初の全国調査を行ったということは、これから取り組みを始めるための準備が始まるということでしょう。

 

 

英国の「サポートする仕組み」が気になって、調べてみました。

 

 

まず、「ヤングケアラー」というのはイギリスで生まれた言葉で、家族の介護やサポートを行う18歳未満の子どもを指すことが分かりました。(ちなみに18歳から24、25歳のケアラーは「ヤングアダルトケアラー」というそうです)

イギリスでは1980年代末から調査や支援が行われているようです。

 

日本でヤングケアラーの問題を調査・研究している第一人者として、成蹊大学文学部のの澁谷智子教授がおられます。

澁谷氏には、『ヤングケアラー 介護を担う子ども・若者の現実』(中公新書、2018.5.18)という著書があります。

 

詳細は著書を読めば分かるのでしょうが、澁谷氏のインタビュー記事がありましたので、それを通してアウトラインをつかみたいと思います。

 

「imidas」に掲載された2016年05月13日の記事です。

子どもや若者にまで広がる家族介護の現状


若年介護者「ヤングケアラー」とは
                   澁谷智子

                   (成蹊大学文学部現代社会学科准教授)

                   (構成・文/中澤まゆみ)

 

「ヤングケアラー支援」先進国、イギリスへ

 

――イギリスに行かれたのはいつですか?


澁谷 最初は2010年です。コーダ研究の延長で2カ月ほど勉強に行ったんですが、その時には、聞こえない親だけでなく、精神障害のある親をケアする子どもたちも目にしました。
 日本では20代、30代もヤングケアラーと言われていますが、イギリスの定義ではヤングケアラーというのは18歳未満なんです。18歳から24、25歳のケアラーは「ヤングアダルトケアラー」と呼ばれています。日本では、その訳語として、「若者ケアラー」という言葉も使われるようになってきています。
 日本の福祉は障害者福祉、高齢者福祉、児童福祉に区分されていますが、イギリスでは福祉が、児童福祉と大人向けサービスに分かれているんです。ケアを受ける人がこのように縦割りに捉えられている中で、行政のどの部署がヤングケアラーのことに責任を持つのかというのは、ごく最近まで明確にされていませんでした。しかし、そうした中でも、ヤングケアラーのことに特化して支援する「ヤングケアラー・プロジェクト」が各地で作られていきました。今日ではイギリス中で300を超えるぐらいのプロジェクトがあると言われています。


――イギリスでヤングケアラーへの支援が始まったのはいつごろからですか?


澁谷 1980年代末から問題提起が始まり、90年代半ばになって全国規模の調査が実施され、支援が始まりました。イギリスでも、ヤングケアラーは長いこと「Hidden Carer(見えないケアラー)」と呼ばれていて、それをどう発見するかがサポートの第一段階と言われていました。発見するためには周りの人たちが意識を持たないといけないので、そのためには大人も啓発しなくてはいけない。
 また、ヤングケアラーのイメージがあまりに過酷すぎると、自分はそこまでではない、ヤングケアラーとは言えない、と思ってしまうので、ヤングケアラー自身が「自分はヤングケアラーだと思ってもいい」という土壌をつくることも大切です。家族のことを気遣ってケアに関わっている、その事実を認めて評価していく仕組みも、もっと作っていく必要があると思います。イギリスの定義では、主介護者だけでなく、補助介護者もヤングケアラーと見なされるんです。


――例えばお母さんが倒れれば、子どもは家事をしなくちゃいけなくなる。そういう子どもも、ヤングケアラーと呼ぶのですか?


澁谷 ええ、そのレベルでもヤングケアラーと見なされ、サポートが必要と考えられています。2度目の渡英で滞在したウィンチェスター(イギリス南部の都市、人口4万人規模)では、地域にヤングケアラーのクラブがあり、私は8~11歳のグループのボランティアになったのですが、そこにはそうした子どもたちがけっこういました。毎週水曜日、地域の青少年センターで、放課後午後4時半から6時まで集まってお互いの話をしたりするんですが、一人親家庭の子どもや、両親はいるけれど障害のあるきょうだいの面倒を見ている子どもが多かったです。担っているケアや責任が比較的軽い場合であっても、子どもの年齢や性格、環境によっては、その子の生活に大きな影響が出てしまうことがあります。そうした子どもたちをすべてヤングケアラーと捉えてサポートしている、というのが驚きでした。逆にそのクラブのスタッフに、日本では排泄(はいせつ)介助をしている高校生がいるという話をすると、子どもにそんなことをさせているのかと、とても驚かれました。


――イギリスでは大規模な調査が何度もされていますが、ケアを担うことで、子どもたちにはどんな影響が出てきますか?


澁谷 自分のことにあまり時間を使えないので、学校の宿題や勉強や友達とのつきあいが充分にできなかったり、同世代に対して心理的な距離を感じてしまったりすることが出てきます。疲れが溜まっていけば、遅刻や学校に行けないことも出てきますし、成績や人間関係でも思うような成果を出せない中で、進路や就職も狭めて考えていってしまう、それを家族にも相談できない、ということはあると思います。


「見えない」ヤングケアラーをどうやって見つける?

 

――日本でヤングケアラーについて、新聞が採り上げるようになったのは、澁谷さんの調査がきっかけでしたね。


澁谷 イギリスでヤングケアラーの状況を知ったとき、日本でも出てきそうな問題だとすぐに思いました。とはいえ、日本で何をすればいいかわからずにいた時期もあったのですが、2013年、医療ソーシャルワーカーを対象にアンケート調査を実施しました。回答者402人中約35%が「これまでに18歳以下の子どもが家族のケアをしていると感じた」と答えていました。子どもがしていたケアの内容は「家事」がいちばん多く、「きょうだいの世話」「情緒面のサポート(ケアの受け手の感情の状態を見守ること、落ち込んでいる時に元気づけようとすることなど)」「一般的ケア(薬を飲ませる、着替えや移動の介助など)」「請求書の支払い、病院への付き添いや通訳」と続きます。急性期病院のソーシャルワーカーのほうが、ヤングケアラーの存在に気づいているという感触がありました。


――14年には日本ケアラー連盟と、イギリスのヤングケアラー支援団体の方を呼んで、シンポジウムも開きましたね。


澁谷 20年前から活動している「子ども協会 包摂プログラム」のヘレン・リードビターさんをお呼びしました。ヘレンさんは、11年のイギリス国勢調査でヤングケアラーが子ども全体の約2%いるというデータが出たことを示しながら、「もっと多いはずだが、発見が難しい」と言っていました。学校や医療機関でヤングケアラーを発見してもらうため、教師や医療専門職たちの啓発活動に力を入れていることや、ヤングケアラーには大人の介護者とは違う支援が必要だということ、どんな福祉サービスも子どもの過度なケア負担に依存してはいけないと考えられていることなどを報告してくれました。

 

教職員への調査で見えてきた実態

 

――そして、15年には新潟県南魚沼市で調査をされた。


澁谷 公立小中学校26校の教職員にアンケートさせていただくことができました。シンポジウムをきっかけに研究者が集まり、日本ケアラー連盟で「ヤングケアラープロジェクト」が発足したんです。研究者がそれぞれの知識を交換しあう勉強会や、学校のソーシャルワーカーを招いての会などを開く中で、実態調査をして数を把握しなくてはいけない、という流れになり、私が13年のソーシャルワーカーへのアンケートに続いて学校教育の現場でも調査をしたいと強くお願いして実現したのが南魚沼調査でした。
 271人の先生方が回答してくださったんですが、約25%がヤングケアラーの可能性のある子どもに関わった経験があると答えておられたんです。親やきょうだいの世話のほか、祖父母の入浴やトイレの介助に関わる子もいました。子どもの学校生活において、欠席や遅刻などの影響が出ている場合もありました。

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 南魚沼市では、この調査を通じて先生方の関心が高まり、子どもがヤングケアラーかもしれないと感じた場合、それをどうチェックするのか、どこまで踏み込めるのかなどを判断するためのアセスメントシート(調査票)がほしい、という声も上がってきましたので、16年度はもう少し踏み込んで調査してみたいと考えています。


介護のことは知られたくない…ヤングケアラーの気持ち

 

――澁谷さんは、ヤングケアラーたちに実際にインタビューもされているんですよね。


澁谷 今のところは20代、30代の元ヤングケアラーや若者ケアラーにお話を聞いています。その方たちによると、ヤングケアラーや若者ケアラーは、ケアをしている時には、自分のことを人に知られたくないという気持ちがあるんですね。学校では誰もおむつの話なんてしていない。友だちから浮いてしまいたくないとか、恥ずかしいとか、そういった気持ちもあるようです。また、若者ケアラーが就職や結婚を考えるときには、ケアラーというレッテルがつくことを恐れる思いもあります。職場で使いにくい奴と思われるんじゃないか、腫れ物のように扱われてしまうのではないか、というためらいもあります。
 メディアの方からはよく、ヤングケアラーや若者ケアラーを紹介してほしいと言われるんですが、実際、公に語れる状態にまで至っていない人が多いんです。自分の話をすることで、「子どもに介護をさせて、親は何をしているのか」などと家族が非難されてしまうと思う人もいるし、話はしてもいいけれども、顔も名前も出さないでほしいという人もいます。


介護のために進学を断念…ケアにのめりこむ子どもたち

 

――日本ではこれから、医療保険介護保険がだんだん使いにくくなってきます。それと同時に「病院から在宅へ」ということで、いったん社会化された介護が家族の負担に戻ってくるという時代になってくる。そうすると、ヤングケアラーの問題は、ますます深刻になりそうですね。


澁谷 本当にそうだと思います。在宅介護では、家族が担い手ですと言われ、家族だから介護をするのはしょうがないという認識が共有されているなかで、とくに成長期にある子どもにとっては、どこまで介護したら危険なレベルになるのかという基準も作っていかないといけないと思うんです。それが今はない。
 どこからのサポートもなしに、子どもが2年以上ケアの責任を担うと、かなり深刻な影響が出るという研究報告もあります。「ケアを掘る」という言い方がいいのかわかりませんが、若ければ若いほど、より良いケアを目指してがむしゃらに頑張ってしまうところがあるように思います。


――具体的にはどんなふうに?


澁谷 例えば、嚥下障害のあるおばあちゃんの食事をとても細やかに作っていた若者にインタビューしたことがあります。レトルトの介護食を買ってきても、おばあちゃんは「このどろどろしたものは何?」と嫌がって食べてくれない。そこでおばあちゃんが子どものころ何を食べていたのかを調べて、郷土食を作ったそうです。高校生がおばあちゃんののどに詰まらないように、軟らかさを考えて食事を作るんです。
 この方は結局、高校を中退して介護に専念するようになったんですが、おばあちゃんが一度にたくさん食べられないので、1日4回ごはんを作っていました。もちろん、排泄介助や失敗しちゃったもののお掃除、夜中のケアなどもあるわけですが、さらに、おばあちゃんが満足するように、より行き届いたケアをしようとしていたところはあったように思います。
 また、20代の初めに、病院に泊まり込んで、3カ月間、集中的におじいちゃんのケアをしたという人もいました。病院にいるといろんな医療的知識も入ってくるので、拘縮を防ぐために手足や頸のリハビリをしたり、夜中に呼吸が止まるおじいちゃんをゆすって起こしたり、唾液や汗を拭いたり、とことんまで頑張ってしまう。目の前の介護をやるって決めたからには、それをやりきろう、と一生懸命になってしまうんです。


――自分のことを顧みずに頑張ってしまうんですね。


澁谷 そうなんです。家族介護の重要性が叫ばれるほど、これから社会を担っていく若い世代が十分な育ちを得られるようにしていくこと、ちゃんと社会とつながれるシステムを作っていくことが大切だと私は思います。ケアを担う子たちが自分の健康を損ねたり、精神的に病んでしまったり、自分自身の生活を経済的に支えられる見通しが立たなくなってしまったりすることが、現実問題として危惧(きぐ)されているので、そうしたことに対するサポートも含め、10年20年先を考えて、子どものケアの基準というものを提案していきたい。行政の責任で、これ以上は子どもがしていいケアではないという基準をきちんと作り、子どもの教育の機会と育ちが守られるようにしていかなければいけないと思うんです。


子どもの心身に深刻な影響を及ぼす可能性のある介護とは?

 

――ケアの基準の一つとして、先ほどおっしゃった「危険なレベル」のケアには、どんなものがあるのでしょうか。


澁谷 イギリスで言われている基準では、まず夜間の介護。子どもがケアのために夜中に起きるという状況ですね。それから、子どもが無理な姿勢で大人の体を抱え上げることなどもそうです。例えば車椅子への移乗などは、子ども自身が身体にかなり慢性的な損傷を負ってしまうことがあるので、危険だと言われています。あとは排泄介助、入浴介助のような、相手の肌を見てしまう介護も、子どもの感情面を考えた時に望ましくないとされています。
 ほかに、私自身が長年関わってきた範囲で言うと、子どもが担うにはふさわしくないレベルの通訳もあると思っています。例えば商品のクレームや、事故などの責任の所在の議論、不動産や借金関係の通訳ですね。子どもが本来だったら聞かなくてもいいことを聞き、しかもそれを判断して伝えなくてはいけないということなので、こういった局面からも子どもが守られていてほしいと強く思います。
 ケアに関わる子どもたちは、見えにくいけれども確実に存在しています。その子たちが心身ともに健やかでいられるようにするためには、まずヤングケアラーの定義や基準をしっかり決め、実態調査を進めること、そしてその次の段階として、当事者たちが体験を話し合うことができ、大人からのアドバイスを受けられる場をつくることが急務だと思っています。


――それにはさまざまな機関が連携し、子どもが孤立しない支援を地域の人たちと一緒に考えていくなど、行政の関わりも必要です。もちろん法整備も重要ですね。


澁谷 はい、そう思います。 

 

 

「学びの場.com」に掲載された2020年10月05日の記事です。

 

教育インタビュー

 

澁谷 智子
〜さまざまな事情を抱える子どもたち〜(前編)
「ヤングケアラー」の支援と教育

 

ヤングケアラー支援の現状

 

学びの場.com 日本で「ヤングケアラー」という言葉はどのように広まっていったのでしょうか。

 

澁谷智子(敬称略 以下、澁谷)「ヤングケアラー」はイギリスで生まれた言葉です。世界に先駆けてヤングケアラーの問題に取り組んできたイギリスでは、1980年代末からヤングケアラー調査や支援が行われてきました。

日本では2000年頃から研究者の間で少しずつ知られるようになりました。しかし、ある言葉の概念が理解されたり、当事者が「自分の体験を語るのにぴったりくる言葉だ」と思うまでには時間がかかります。ヤングケアラーも、2010年頃まではネットで検索してもほとんどヒットしませんでした。

「ヤングケアラー」という言葉が広まるきっかけをつくったのは、元ヤングケアラーであったAさんによる語りです。2013年、Aさんがケアラーズカフェの来訪者ノートに自らの介護体験を綴ったことから、Aさんの話が各方面に広まり、「ヤングケアラー」という言葉がテレビや新聞などでも取り上げられるようになりました。

 

学びの場.com 2013年以降、ヤングケアラーの支援づくりはどのように行われてきたのでしょうか。

 

澁谷 行政が支援体制をつくっていくには、まずヤングケアラーがどれくらいの数で存在しているのかを把握する必要があります。そこで、私もメンバーの一員である日本ケアラー連盟ヤングケアラープロジェクトが、ヤングケアラーの実態調査を開始。2015年以降、新潟県南魚沼市や神奈川県藤沢市で、公立小中学校の教員を対象にアンケート調査を行いました。


学びの場.com アンケート調査ではどのような結果が出ましたか。

 

澁谷 2015年に新潟県南魚沼市の公立小中学校26校の教員に行った調査では、271人が回答を寄せ、そのうちの4人に1人が、「これまでに教員としてかかわった児童生徒のなかで、家族のケアをしているのではないかと感じた子どもがいる」と答えています。

2016年に神奈川県藤沢市の公立小中学校55校の教員に行った調査では、回答者1098人のうち、48.6%が同様の回答を寄せました。

子どもがしているケアの内容でもっとも多かったのは、「家事」と「きょうだいの世話」でした。子どもの学校生活への影響においては、「欠席」「遅刻」が多かったです。

現在、埼玉県では公立・私立高校の2年生5万5千人を対象にヤングケアラー実態調査を実施しています。この結果が分析されれば、より詳細な実態が見えてくるでしょう。

 

学びの場.com 調査後の支援体制づくりはどのように行われましたか。

 

澁谷 教育委員会やスクールソーシャルワーカー、福祉保健部、子ども・若者育成支援センター、社会福祉協議会など、各機関と連携しながら、地域の支援策や体制づくりを進めています。日本にはヤングケアラーの支援を一手に引き受けられる団体がまだありませんが、地域の実状に応じて、「この内容なら子育て支援課」など、必要な支援一つひとつをどこなら引き受けられそうか検討し、割り振ることで、実質的なサポートはできるのではないかと思っています。

 

ヤングケアラー支援の方向性

 

学びの場.com 南魚沼市藤沢市の事例を受けて、今後他の地域がヤングケアラーの支援づくりを進めていこうとした時、どのような方向性で行っていけばよいのでしょうか。 

澁谷 ヤングケアラー支援の先進国であるイギリスの事例から、私が必要だと考えた支援の方向性は3つ。まず、子どもがケアについて安心して話せる相手と場所をつくることが必要です。イギリスのヤングケアラー支援で重要な役割をはたしているウィンチェスターでも、実態調査を受けてまずつくられたのが、定期的に集まってケアについて話せる場でした。

私のイメージでは、今の日本でその役割を担えるのは「子ども食堂」ではないかと考えています。大事なことは「ヤングケアラー」という名前を冠しているかどうかではなく、子どもが自分の足で歩いていけるところに、頼ったり相談したりできる大人がいることです。

子ども食堂は現在日本に3,000以上あります。子ども支援にかかわる人たちのなかで、ヤングケアラーかもしれない子どもの存在が認識できれば、必要な支援につなげられる可能性があります。たとえば、ヤングケアラーの子どもから「家では宿題ができない」といった相談があれば、子ども食堂の学習支援教室でサポートしたりできるでしょう。学校の先生につなげ、休み時間や放課後に、学校で宿題ができる時間と場所をつくってもらうこともできるかもしれません

 

学びの場.com 2つ目の支援の方向性を教えてください。

澁谷 家庭でヤングケアラーの担うケアの作業や責任を減らす必要があります。日本では、子どもが負ってはいけない負担の基準がまだなく、「これ以上やると成長の途中にある子どもにとっては危険かもしれない」というラインを引く人が誰もいない状態です。しかし、ヤングケアラーは「ケアラー」である前にまずは「子ども」であり、その責任や作業がその子どもの年齢や成長の度合いに合わない不適切なものになっていないのかを考慮する必要があります

意外と効果を発揮するのは、「ヤングケアラー」という言葉を大人が知ることです。親は、仕事と介護の両立でいっぱいいっぱいで、子どもの負担が大きくなり過ぎていることに気付けていないことがあります。日本では「家族が助け合うのはすばらしい」とヤングケアラーの問題が美談になりがちです。しかし、「子どもが年齢の割に大きな負担を背負っているのかもしれない」という気づきが家族の側に生まれると、今まで子どもが負っていたケアの負担量や内容への疑問が生まれ、外部の支援とつながる可能性があります。

 

学びの場.com 3つ目の支援の方向性を教えてください。

 

澁谷 ヤングケアラーについての社会の意識を高める必要があります。学齢期の子どもや若者、家族、教育関係者、福祉の専門職、医療関係者などが「ヤングケアラー」という言葉を知り、ヤングケアラーにはどんなサポートが必要なのか、またその地域ではどんなサポートが受けられるのかなどを知識として共有することで、よりヤングケアラー支援の体制が整いやすくなると思います。ヤングケアラーは小学校高学年くらいから増え始めるので、子ども向けに知識を伝えるツールも必要だと考えています。

 

学校現場で求められるヤングケアラー支援

 

学びの場.com 学校では、どのように支援体制づくりを行っていけばよいのでしょうか。

 

澁谷 学校のなかで、ヤングケアラー支援をシステム化する体制づくりが必要です。先生方も忙しく、ヤングケアラー以外の事情を抱えた子どもも大勢います。そのため、「なんらかのシステムがあって、ヤングケアラーの存在に気づいた先生はそこにつなげればいい」という風にしていくと、「ここまで自分がすればいい」という境界線がはっきりし、先生方もかかわりやすくなる部分があると思います。

南魚沼市の事例でいうと、教育委員会の指導主事の先生が教育相談として「子どもの問題なら何でも引き受ける」というワンストップの役割を引き受け、スクールソーシャルワーカーのケースワーク力を活用して、その問題から子どものSOSを発見するシステム作りを進めています。その一つとして、ヤングケアラーの存在の発見があり、支援につなげる試みを学校と共に行っています。

他の地域でも、「ヤングケアラーの問題について誰に話せばいいのか」を学校内で明確にすることをおすすめします。イギリスでは、そうした先生の名前と肩書きを生徒手帳や学校のホームページに載せるなど、生徒や保護者にも知ってもらっています。そのようにすれば、「自分はヤングケアラーかもしれない」と感じた子どももSOSが出しやすくなると思います。

 

学びの場.com 担任の先生など、子どもたちと一番近い距離で接している先生方へアドバイスをお願いします。

 

澁谷 多くの先生方は、「この子最近遅刻が多いな」「成績が下がってきているな」ということに気付いていると思います。その時に、守らなければならない秩序を守れていないことを罰するのではなく、「なぜそれができないんだろう」という視点をもち、話を聞いてあげることが大事です。「最近遅刻多いけれど、なにかあった?」という聞き方だけでも、子どもたちの反応は違ってきます

とはいえ、あまり大ごとになるのは怖いと子どもたちも思っています。その子にとっての日常や普通ができるかぎり脅かされないかたちで、でも必要なサポートや声がけがされているのが理想です。スーパーなどの宅配サービスの存在を知らずに、自転車で片道40分かけて買い物に行っていたというヤングケアラーの事例もあります。

最初のうちはケアをがんばっていても、長期化するうちにこれ以上は無理だと学校生活をあきらめていくヤングケアラーも少なくありません。でも、不登校が長期化する前に先生が気づいてあげられれば、必要な支援につなげられる可能性が高まります

子どものSOSを受け止めるうえで、学校の先生の存在は重要です。先生方も忙しいとは思いますが、子どもたちを見る時に「ヤングケアラーである可能性があるかもしれない」という視点を加えていただきたいなと思います。

 

自民党で始まった「こども庁」の議論はどこへ向かうのか分かりませんが、まずは子どもと日常的に接している大人が「ヤングケアラー」について知り、子どもの発するSOSを受け止められる存在になることですね。