教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

「学びの共同体」と「授業のユニバーサルデザイン化」で授業改革を⑥

「授業のユニバーサルデザイン化」②

 

今回は、「授業のユニバーサルデザイン化」をすすめるための具体的な手立てを紹介します。

 

教科は国語、領域は「説明文」です。

テキスト(参考文献)には、

『授業のユニバーサルデザインvol.4』(授業のユニバーサルデザイン研究会 桂聖・廣瀬由美子編著、東洋館出版社、2012.3。1980円)
『国語授業のユニバーサルデザイン』(桂聖著、東洋館出版社、2011.2。1870円)

を使っています。

 

説明文の教材研究の方法

 

2012年9月、同僚教員の指導案作成の資料として作成した文章です。

後半に紹介している2012年度4年生の指導案は、この方法に則って作成されています。そちらを参照しながら読んでください。

 

【ステップ1】 一人の読者として文章(教材)を読む


一人の読者として、読んで印象に残ったことを書いておくとよい。
・1番おもしろかったところは?
・「なるほど」と納得したところは?
・疑問に思ったことは?
・納得できなかったところは?

 

【ステップ2】 5つの読みの観点から、教材の特性を導き出す


※5つの読みの観点とは

①要点
②問いと答え
③説明文特有の表現方法
④三段構成
⑤要旨や意図


※5つの読み方には、それぞれ、下位内容の論理的な読み方がある。
①要点…「主語、述語がわかる」「中心文をさがす」「中心文を要約するには述語から短くする」という方法が必要。
③表現技法…○接続語…段落相互の関係を考えながら読むことができる。
○文末表現…事実と意見を区別して読むことができる。
○指示語
内容的な特徴だけでなく、文章を読み解く方法や論理に着目する。

 

【ステップ3】 指導内容(読み方)を確定する


学習指導要領や指導書を参考にして、言語活動や指導内容を確定する。教科書には、言語活動や指導内容のヒントが書かれているので、それを参考にするとよい。


※注

指導事項…学習指導要領に書かれているもの
指導内容…「教材の特性」「言語活動」「指導事項」「子どもの実態」から導き出した、授業で具体的に教える内容

 

【ステップ4】 問題解決的な展開で、単元の指導計画を立てる


第一次 学習の計画を立てる(学習のイメージや見通しを持つ)
第二次 共通教材で精読する(論理的な読み方を習得する)
第三次 発展読書や表現活動をする(論理的な読み方を活用する)

 

【ステップ5】 問題解決的な展開で、授業の指導計画を立てる


「課題意識を引き出す → 内容のイメージ化 → 論理のイメージ化 → 全員の表現活動」というおおまかな流れで授業を構成する。 

 

 

 

f:id:yosh-k:20201123111122j:plain

※参考文献『教材に「しかけ」をつくる国語授業10の方法 文学アイデア50』(授業のユニバーサルデザイン研究会沖縄支部著・桂聖編著、東洋館出版社、2013.2。2310円)・ 『教材に「しかけ」をつくる国語授業10の方法 説明文アイデア50』(授業のユニバーサルデザイン研究会沖縄支部著・桂聖編著、東洋館出版社、2013.4。2310円)

 

 

教材研究から指導案へ 

 

2012年度の授業記録の一部です。

 

(1) 略

 

(2) 校内研究授業


① 単元名  くらしの中の世界について調べよう

教材名 「くらしの中の和と洋」(東京書籍 小学校4年下)


② 目標
○まとまりごとの内容をおさえて、何をどのように比べているかを考えながら読み取る。【読むこと】
○くらしの中の「和」と「洋」について、調べたことを文章にまとめる。【書くこと】

 

③ 指導について
○ 本単元では、暮らしの中の日本の文化と外国の文化について、いろいろな本や資料で調べる活動を通して、文章から必要な情報を読み取る力と2つのものを比べて書く力をつけることをねらいとしている。
 教材文は、児童が気づきにくい「和」と「洋」の違いやそれぞれの良さを対比して分かりやすく説明している。この文章構成に気付き、目的をもって、「住」の「和」と「洋」それぞれの良さを読み取る力を身につけさせたい。教材文から児童の視野を広げ、この後の「衣」や「食」について調べようという意欲につなげることが期待できる。本教材では、児童自身が自分の決めた「和と洋」について調べ、「『くらしの中の和と洋』ブック」を作るという目的のために、複数の本や資料から必要な情報を読み取り、文章を引用したり要約したりする活動を設定している。


○ 1学期の説明文教材「ヤドカリとイソギンチャク」では、段落の結び付き(三段構成)や段落ごとの要点に焦点を当てて学習した。また、6月には「ありの行列」(光村図書、3年)を用いて、意味段落の要点をまとめたり全文を要約したりする学習をしてきた。それらを通して、子どもたちは読みの基本的なスキルは身につけている。しかし、日常の学習においては、初読の文章では読みがくだらない子が半数を占め、また既習内容の定着率も高いとは言えない。こうした実態から、1学期の学習内容を確かめる活動を組み入れつつ、対比という新しい技法を習得させていく必要があると考える。


○ 本単元では、「読みながら書く力」「書きながら読む力」を育てるために、次の具体的な内容を指導する。
・和室と洋室の良さを取り入れて生活していることを読み取る。
【内容の理解】
・「話題」に対して「問い」と「答え」があることを理解する。
【述べ方の理解】
・分かりやすくするための段落相互の関係と文章構成を理解する。
【述べ方の理解】
・対比して和と洋について記述した筆者の意図を解釈する。
【筆者の意図の理解】
・和と洋について対比を意識して読む、書く。
【対比して読む・書く力の活用】


 指導にあたっては、子どもが目的を持ち「対比して読む・書く力」を身につけることができるように次の4点を重視する。


◆ポイント1◆読む活動と書く活動とが関連するように仕組む
 説明文を読む力は、内容ばかりでなく筆者が説明するための方法や論理、述べ方を読み取ることが重要である。子どもの身近な和と洋について想起できるようにし、「『くらしの中の和と洋』ブック」を作るという目的を持てるようにすることで、説明されている内容だけでなく表現方法に目を向けることができるようにする。


◆ポイント2◆文章構成や述べ方の工夫に気づくように仕組む
 文章構成や述べ方に目を向けるようにするためには、その工夫が見えるようにする活動がポイントになる。そこで、形式段落レベルで「和室」「洋室」について書かれている文や段落を色分け(赤青の線引き)する。色分けできなかった「和室と洋室の両方が書かれている」あるいは「まとめ」等の段落の役割を検討し話し合うことで、文章構成や対比した述べ方の工夫を意識しながら読むことができるようにする。
 分かりやすく説明するために用いた表現技法、対比して述べるとき、順序を述べるとき、まとめて述べるとき、問いかけのときの表現技法と、その表現を使った段落や文のつながり方を明らかにし、説明文を書くときに活用できるようにする。

 

◆ポイント3◆書くための表現技法を活用させる
 分かりやすく説明するために用いた表現技法、対比して述べるとき、順序を述べるとき、まとめて述べるとき、問いかけのときの表現技法と、その表現を使った段落や文のつながり方を明らかにし、説明文を書くときに活用できるようにする。

◆ポイント4◆「『くらしの中の和と洋』ブック」を読み合い、良さを発表させる
 子ども同士が説明文を読み合い、和と洋の違いや良さを話し合うようにする。『くらしの中の和と洋』ブック」を読み合うことを通して、「対比して読む・書く力」の活用の定着を図る。

 

f:id:yosh-k:20201123113033j:plain

f:id:yosh-k:20201123113055j:plain

 

「学びの共同体」と「授業のユニバーサルデザイン化」で授業改革を⑤

「授業のユニバーサルデザイン化」①

 

「すべての子がわかる・できる授業」に向けた私の授業改革において、「学びの共同体(協同的学び)」は授業形態からの改革アプローチでした。

それに対して「授業のユニバーサルデザイン化」は授業内容・授業方法からの改革アプローチです。

授業形態からの改革アプローチと授業内容・授業方法からの改革アプローチが、まさに車の両輪として同時に進行することが必須です。

 

 

「授業のユニバーサルデザイン化」とは

 

「授業のユニバーサルデザイン化」についてはずっと以前(2020.3.9)、「ユニバーサルデザイン化で授業力を磨く」という稿で紹介しました。その中心部分を再掲します。

 

■授業のユニバーサルデザインという考え方■

 

「授業のユニバーサルデザイン」というのは、特別支援教育の考え方を生かして、全員が楽しく「わかる・できる」授業づくりをすすめようというものです。筑波大学附属小学校の桂聖さんを中心に授業のユニバーサルデザイン研究会(UD研)が組織されています。桂さんが国語科教師だということもあって、国語科における実践が先行しています。ここでは、桂さんの授業を参観したり、講演を聞いたり、著書を読んだりして知り得た内容を、私流に咀嚼して紹介します。


国語授業のユニバーサルデザイン(以下、UDと略記)は、「学力の優劣や発達障害の有無にかかわらず、全員の子どもが、楽しく『わかる・できる』ように工夫・配慮された通常学級における国語授業のデザイン」と定義されています。

ここで、「工夫」と「配慮」という言葉が、2つの研究的アプローチを示しています。つまり、授業づくりの「工夫」という国語教育からのアプローチと、個別の「配慮」という特別支援教育からのアプローチです。授業づくりの工夫をした上で個別の配慮をするという順序で授業をデザインしていくことになります。

 

f:id:yosh-k:20200308102642j:plain

 

 

■授業をデザインする目標と3つの要件■


「論理」を授業の目標にします。

具体的に言うと、「論理的な話し方・聞き方」「論理的な書き方」「論理的な読み方」を教えると言うことです。


論理を授業の目標にした上で、「焦点化」「視覚化」「共有化」という3つの要件で授業をデザインすていきます。

「授業を焦点化(シンプルに)する」とは、ねらいや活動を絞ることです。

「授業を視覚化(ビジュアルに)する」とは、視覚的な理解を重視した授業にすることです。

「授業で共有化(シェア)する」とは、話し合い活動を組織することです。

 

 

 f:id:yosh-k:20200308102711j:plain

 

具体的な授業の進め方については、

国語科「ありの行列」で授業のUD化を考える(2020.3.10)

算数科「わり算の筆算」で授業のUD化を考える(2020.3.11)

をご覧ください。

「学びの共同体」と「授業のユニバーサルデザイン化」で授業改革を④

「学びの共同体」④

 

 

「学びの共同体」をめざして ~教室革命事始め~

 

1 はじめに ~今やらずに、いつやる~

 

2 教室風景が変わる

 

 (ここまでは前回をご覧ください)

 

3「ゆうすげ村の小さな旅館」(東京書籍)の授業から


 (1)「ゆうすげ村…」で何をめざすか


  ①教育内容として(授業のユニバーサルデザイン化の視点から)


 この単元のねらいは、「物語のあらすじをとらえよう」である。学習指導要領の「目的や必要に応じて、…要約したりすること」が指導事項であり、説明文の要約の仕方と対をなすものとして、物語文のあらすじのまとめ方を習得させることが目標の「論理」になる。子どもたちには、「2年生に『ゆうすげ村…』のお話を紹介しよう」というねらいを提示し、あらすじをまとめる必然性をもたせた。


 指導書では、全9時間の学習の流れを、
一次 学習のねらいを確かめ、学習の見通しを持つ …第1時
二次 人物像について考え、物語の「しかけ」を確かめる …第2・3時
三次 時を表す言葉を手がかりに、場面を分ける …第4~7時
四次 だいじなところを確かめ、あらすじをまとめる …第8・9時
としている。


 学習に入るずっと前に、ファンタジーの「しかけ」が明らかになる後半部分をセロテープで封印した。場面を「隠す」という「しかけ」である。授業においては、あらすじをまとめる過程をスモールステップ化し、課題のハードルを下げるように工夫した。すなわち、
二次 人物像について考える …第2時
三次 時を表す言葉を手がかりに場面を分け、場面ごとのあらすじをまとめる
   第3時 時を表す言葉を手がかりにして、場面を分ける
   第4時 第1・2場面を読み、あらすじをまとめる
       ※一斉授業、みんなで確かめながらあらすじをまとめる
       ※1場面1文で「いつ」「どこで」「だれが」「どうした」
   第5時 第3場面を読み、あらすじをまとめる
       ※以後、グループで確かめながらあらすじをまとめる
   第6時 第4・5場面を読み、あらすじをまとめる
   第7時 物語の「しかけ」を見つける
   第8時 第6・7場面を読み、あらすじをまとめる
四次 だいじなところを確かめ、あらすじをまとめる …第9時
   ※各場面のあらすじをつなぎ、必要に応じて気持ちを表す文などを書き加える。

 

授業のユニバーサルデザイン化については、次回以降に再度詳しく取り上げます。

 

  ②「学びの共同体」の視点から


 先にも触れたように、現時点でのねらいは、全員が学習に参加することである。指示を視覚化したり、教科書にルビを付けたりといった個別支援の工夫もしているが、そんなことは学ぶ意欲づけにはならない。劣等感を払拭し、自己効力感を高めるには、学ぶことが楽しいと思える体験を重ねるしかない。その場を「協同的学び」に求めている。学びの質については、今しばらく横に置いておきたい。

 

 

 (2)6月4日、学校アドバイザリー参観授業


 6月4日、学校アドバイザリーチームの学校訪問があり、3時間目に国語の授業を見ていただいた。困難さが最も顕著に表れる国語の考える学習を見ていただいて、何かしらの示唆を与えてもらえればと思惑からだ。


 参観授業は、指導計画の「三次 第7時 物語の『しかけ』を見つける」であった。案の定、苦しい授業になった。しかし、授業後の懇談では、思いの外高い評価をいただいた。その内容を要約すると、
・授業者のマクロな発問で、子どもたちはじっくり考えを深めていた。子どもへの「返し」もよかった。
・要支援児童は頼りっぱなしという状況もあったが、頼られている子の学びが深まっていた。
という2点に尽きる。老教師へのリップサービス分を割り引いたとしても、「協同的学び」でめざしていることの本質に関わる評価である。気分が悪いわけがない。そんなわけで、この日の授業をスケッチしておこう。

 

 

 授業の冒頭にワークシートを配り、「物語の『ひみつ』を見つけよう」という課題を示した。


 教科書は、主人公のつぼみさんが、山の畑で2匹のウサギがダイコンを抜いているのを目撃し、(そういうことだったの……。)という心内語を発するところで終わっている。厳密に言うと、そこから後のページが隠されている。

 

【学習活動1】吹き出しに「そういうことだったの…。」の続きを書く。


(1)吹き出しに書く。…一人学習。


  ワークシートの吹き出しに、「つぶやき」の続きを書くように指示。しばらくして、早く書けた子には、そう考えた理由を書くように伝えた。


A (そういうことだったの……。やっぱり、美月さんはウサギで、宇佐見さんもウサギだったのね。)《理由》美月がダイコンをしゅうかくすると言っていたから。


B (そういうことだったの……。やっぱり美月さんとうさみという男がウサギだったの。)《理由》美月の色がダイコン色だから。ダイコンを持ってきたから。


C (そういうことだったの……。ダイコンをきれいにぬいているから、もしかして美月さんとうさみさんかもしれないと思ったわ。)《理由》動物がダイコンをきれいにぬくわけがないから。


D (そういうことだったの……。この畑を知っているのは、美月さんとうさみという男とわたしだけなのに、なぜかしら。わかったわ、このウサギはうさみという男と美月さんね。)《理由》人間はダイコンをぬくのがうまくて、動物はダイコンをぬくことはできないから。

 

(2)グループ内で交流


 A とB は同一グループに属している。A が真っ先に書き込みを行い、A のつぶやきに触発されるようにB が書き込んでいった。理由の記述が全く違うことから、B は自分なりに納得し咀嚼して書いていったことが窺える。この2人の間では意見交流が成立し、B はA の考えに傾倒していった。


 このグループには、個別支援が必要なX とY の2人がいる。X は吹き出しに書き込むことはできなかったが、交流の中で、「2ひきのウサギ=美月と宇佐見さん」ということには合意できたようである。一方 Y は、A のワークシートを写してはいたが、内容を理解できているようにはなかった。


 C とD はもう1つのグループに属している。C は学力は高いが、ファンタジーの世界に浸れるタイプの子ではない。そのC に引っ張られる形で、D の書き込みがなされている。したがって、意見交流が成立せず、考えを深めるには至らなかった。


 このグループに属するZ は、漢字や計算はトップクラスの力を持っているが、考える学習になるとしばしば思考停止状態に陥る。この時間も「分からない」を連発し、最後まで交流に参加できなかった。

 

(3)全体で交流


 全体交流では「2ひきのウサギ=美月と宇佐見さん」という結論部分での一致だけを確認し、そう考えた理由を深めることはしなかった。C とD の理由は論理的に間違っているが、それも不問にした。

 

【学習活動2】「ひみつ」何かを確かめる。


 教科書の伏せてある部分を開き、その部分を黙読させた。「やったぁ」「あたってた」という声が上がる。「おお、やったじゃん。」程度の押さえで、ここは終わった。

 

【学習活動3】作者の「しかけ」を見つける。


(1)「ひみつ」に迫るヒントを見つけてワークシートに書き出す。


… 一人学習・3分間+グループ内情報交換。


 「ヒント」は、物語の各所に6個埋め込まれている、と私はみている。ワークシートには、5つの記述枠を設けておいた。3分間の一人学習とその後の情報交換で、A のグループは5個、C のグループは4個の「ヒント」を見つけた。予想以上の出来だった。

 

(2)全体で交流

 

 全体交流は、A のグループから交互に1つずつ発表させた。グループの発表者は1回ずつ互選で決めた。X とY の2人もこれには進んで参加していた。「作業-確認-指名」という手順を踏むことで、自信をもって臨めたようだ。


 A のグループが5つ目の「ヒント」を発表した時、C のグループから「あぁ」という感嘆の声が漏れた。学び合うってこういうことなのかなと、振り返って漠然と思う。

 

 

4 これからの展望


 この舟はどこへ向かおうとしているのか。未だ五里霧中の状態ではあるが、向かう先の景色ははっきりしている。その景色とは、ユニバーサルデザイン化された授業の中で学び合う子どもたちの光景だ。授業のUD化という授業内容・授業方法からの改革と、「学びの共同体(協同的学び)」という授業形態からの改革が1つになった時、それは実現する。--というのが青写真なのだが、恐らく霧の中で私は教員生活を終えることになるのだろう。10年後の教室風景を覗いてみたい気もするが…。

 

 

私の教職生活はこの1年と次の1年で終わりました。

「学びの共同体」については、事始めレベルからほとんど進歩しませんでした。したがって「実証」はできていないのですが、たしかに「手応え」はありました。

「学びの共同体」と「授業のユニバーサルデザイン化」で授業改革を③

「学びの共同体」③

 

「学びの共同体」事始めです。

2013年6月執筆の実践記録を紹介します。

 

 

「学びの共同体」をめざして ~教室革命事始め~

 

1 はじめに ~今やらずに、いつやる~


 岩波ブックレットから佐藤学さんの『学校を改革する』が発行されたのは、昨年(2012年)の7月である。


 佐藤さんが提唱する「協同的な学び」や「学びの共同体」は、『「学び」から逃走する子どもたち』(2000年)や『学校を創る-茅ヶ崎市立浜之郷小学校の誕生と実践』(2000年)、『学校を変える-浜之郷小学校の五年間』(2004年)で知った。だがそれは、遠い世界の特別な実践だった。


 10年ほどの時が流れて、久しぶりに佐藤さんの著書に触れた。


「この授業と学びの様式(注:協同的学び)は、途上国や北朝鮮のような特殊な国を除けば、今日、グローバル・スタンダードとなっている」。近年は、アジアのいくつかの国が国家の教育システムとして導入し(ヨーロッパは以前からそうであった)、日本でも「2012年現在、学びの共同体の学校改革に挑戦している小学校は約1500校(注:全国の小学校数は約21000校)、中学校は約2000校(注:全国の中学校数は約10000校)ある」という。--なんという衝撃。


 私は、間もなく教員生活を終える。学校ぐるみの「学びの共同体」は、一朝一夕にはいかない。だが、教室における「協同的学び」の取り組みは一人でも可能だ。今やらずに、いつやる。


 かくして2013年度を迎えた。

 

 

2 教室風景が変わる


 今年は、3年生を担任することになった。


 (中略)


 さて、「50日が勝負」を経過した時点での教室風景をレポートしておこう。


 黒板の前に教卓がある。そこに立って授業を始めてみると、どうも勝手が違う。教室のレイアウトを変えることは、授業のあり方を変えることなんだと実感する。最初の変化は、子どもの学びにではなく、教師の教えに表れた。


 まず、私の立つ位置が変わった。教卓の前に立つこともあるが、子どもたちの机の近くにいることが多くなった。それに伴って、演説口調が語り口調になり、声も小さくなった。


 つづいて、課題の出し方が変わってきた。具体的に言うと、一問一答式の質問がめっきり減った。これは、すぐれた問いを作る鍛錬の場になっているし、ひいては授業の質の向上に繋がるはずだ。


 子どもの変化を「成果」として記せる状況には、まだない。ましてや、従前の授業形態を続けていた場合との比較など不可能だ。だが、小さな変化がないわけではない。


 個別の支援が欠かせない2人のうちの1人(以下、X として登場する)は、一斉指導の中で耳から入ってくる情報はほとんど処理できない。もう1人(以下、Y として登場する)は、2年の漢字で読めるものが25%にすぎない。彼らはしばしば課題を投げ出し、学びからドロップアウトしてきた。その2人が、「丸写し」というワザも含めて、ともかくも学びの場に踏みとどまり、学びに参加し続けている。


 学びの質という点では、佐藤さんの言う「学び合い」には遠く及ばず、「教え合い」にも届かないレベルである。それでも子どもたちは、この学びのカタチを肯定的に受け入れ、結構楽しんでくれている。

 

以下、次回に続きます。

 

「学びの共同体」と「授業のユニバーサルデザイン化」で授業改革を②

「学びの共同体」②

 

 

学びの共同体の学校のヴィジョン

「学びの共同体の学校は、子どもたちが学び合う学校であり、教師たちも教育の専門家として育ち合う学校であり、さらに保護者や市民も学校の改革に協力し参加して学び育ち会う学校である。」

 

学びの共同体 3つの哲学

■公共性の哲学……教室を開くこと

■民主主義の哲学……子どもと子ども、子どもと教師、教師と教師の間に「聴き合う関係」を創造すること

■卓越性の哲学

 

学びの共同体 3つの活動システム

■教室における協同的学び

■職員室における教師の学びの共同体と同僚性の構築

■保護者や市民が改革に参加する学習参加

 

 

■教室における協同的学び

 

前回(「学びの共同体」と「授業のユニバーサルデザイン化」で授業改革を①)で紹介した2013年4月の文章の続きです。

 

 「協同的学びによる授業改革」という項の冒頭、佐藤さんは衝撃的な事実を告げる。曰く、「学びの共同体の学校改革においては、小学校低学年においては全体学習とペア学習による協同的な学び、小学校3年以上、中学校、高校においては男女混合4人グループによる協同的学びを中心に授業を組織している。この授業と学びの様式は、途上国や北朝鮮のような特殊な国を除けば、今日、グローバル・スタンダードとなっている。」


 そして、学びの共同体の学校改革が協同的学びを中心に授業を組織している理由として、次の4点を挙げている。


① 協同的学びは、学びの本質である。
② 一人残らず子どもの学びの権利を実現するためには、協同的学びによって子ども同士が学び合うより他に方法はない。4人以下の小グループの学び合いは、どの形態の授業よりも強制的に学びを促す機能がある。
③ 小グループの協同的学びが、学力の低い子どもの学力を回復する機能を発揮することである。
④ 協同的学びが、学力の高い子どもにも、より高い学力を保証することである。ただし、〈ジャンプの課題〉への挑戦を含んでいることが条件である。

 通常、学びの共同体の学校の協同的学びにおいては、誰もが理解すべき〈共有の課題〉(教科書レベル)と、その理解を基礎として挑戦する〈ジャンプの課題〉(教科書レベル以上)の2つの課題で授業をデザインしている。


 〈共有の課題〉においては、個人作業の共同化ともいうべき、小グループの協同的学びによって組織する。個人作業の共同化においては、分からない子どもが「ねえ、ここどうするの?」という問いを発することから学び合いが出発する。佐藤さんの観察では、この学びで最も利益を受けているのは学力の高い子どもだそうだ。


 〈ジャンプの課題〉は、クラスの半分から3分の1が達成できるレベルが妥当だという。佐藤さんによれば、この学びで最も恩恵を受けるのは低学力の子どもであり、〈ジャンプの学び〉を組織することで低学力問題の解決に効果を上げた学校がいくつもあるそうだ。

 

  

 協同的学びを導入するにあたって、「教え合う関係」と「学び合う関係」の違いを整理しておく必要がある。「教え合う関係」は、分かっている子どもが分かっていない子どもに一方的に教える関係で、両者の間に互恵的関係はない。それに対して「学び合う関係」は、分からない子どもが「ねえ、ここどうするの?」と質問することから出発する学び合いであり、両者に恩恵をもたらす互恵的関係が成立している。協同的学びがめざしているのは、「学び合う関係」である。

 

 いくつかの技術的問題について触れておきたい。

 

 

 小グループは、男女混合の4人グループで組織する。5人のグループができる時は、3人グループを3つにするなどして対応する。男女混合の方が探求が活性化される。小グループの組織は、多様な個性や能力の子どもが偶発的に組織されるのが好ましく、クジで決め、適宜編成を変えるのがよい。

 

 

 1つの授業において、〈共有の学び〉と〈ジャンプの学び〉の両方を組織する。小学校中学年においては、全体の協同的学びと小グループの協同的学びを適宜組み合わせて授業を進める。高学年以上では、〈共有の学び〉と〈ジャンプの学び〉を前半と後半に割り当てるのが基本型である。なお、小グループの活動の間、教師は声を掛けない。歩き回るのも子どもたちの学びの妨げになる。ただし、参加できていない子どもは援助し、学び合いが滞っているグループに対しては最小限の援助を行う。

 

 

 クラス全体を対象とする授業は、コの字型(ゼミナール形式)の配置で行う。高学年以上では、最初から最後まで小グループの配置のままで、全体の協同的学びと小グループの協同的学びの両方を実施してもよい。

 

 

 


 2012年現在、学びの共同体の学校改革に挑戦している小学校は約1500校、中学校は約2000校ある。公開研究会も年間1000回近くに達し、「学びの共同体研究会」のホームページ(http://www.justymstage.com/home/manabi/)に実施計画が掲載されている。

 

 私自身は、10年ほど前から佐藤さんの著書を通して「学びの共同体」を知ってはいたが、手つかずの状態で過ごしてきた。今、教室からの小さな改革を始めたばかりだ。

 

 

 私は、自分の実践をくぐっていないことは書かないようにしているのだが、今回は例外的に紹介した。授業のユニバーサルデザイン化にも通じるし、時代の要請でもあると感じるからだ。

 

 

次回は、いよいよ「学びの共同体」(「協同的学び」)の事始めです。

 

「学びの共同体」と「授業のユニバーサルデザイン化」で授業改革を①

このやり方でいけば、「すべての子がわかる・できる授業」は可能なのではないか。

 

教職を去るとき、私の中にはある思いの塊がありました。

 

2020年まで教職を続けていたら、もう少し断定的な文章を書けていたかもしれません。

現実には2015年3月に職を辞し、はや5年が経過しています。

 

 

「すべての子がわかる・できる授業」

それは、教職に就いてすぐの頃からの永遠の課題であり、現実問題としては青い理想論でした。

 

未だ五里霧中の状態ではありましたが、そのとき私には向かう先の景色ははっきり見えていました。

その景色とは、ユニバーサルデザイン化された授業の中で学び合う子どもたちの光景です。

授業のユニバーサルデザイン化という授業内容・授業方法からの改革と、「学びの共同体(協同的学び)」という授業形態からの改革が1つになった時、「すべての子がわかる・できる授業」の実現へと歩み出すと考えたのです。

 

 

道半ばどころか緒に就いたところで終えてしまったわが教職人生の続きを託して、「学びの共同体」と「授業のユニバーサルデザイン化」による授業改革を提起したいと思います。

 

 

 

「学びの共同体」①

 

 今回は、私の思索のなかで「学びの共同体」に至る過程をふり返ります。

 

2013年4月に書いた文章です。

 

■今なぜ論理力なのか■

 

 PISA(OECD生徒の学習到達度調査)2003年調査で日本の順位が下がり、「ゆとり」から「学力」への流れが一気に進んだ。


 PISA調査は、学校のカリキュラムをどの程度習得しているかを評価するものではなく、「知識や経験をもとに、自らの将来の生活に関する課題を積極的に考え、知識や技能を活用する能力があるか」をみるもので、「学校の教科で扱われる知識の習得を超えた部分まで評価しようとする」ものである。つまり、PISA的学力は、「実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるか」を評価するものである。


 それが、2007年度から始まった全国学力テスト、2011年改訂学習指導要領に色濃く反映されている。こうしたPISA学力との関連で、「論理力」や「論理的思考力」といったものが注目されるようになった。

 

 

 ところで、なぜPISA学力なのか。ここでは、佐藤学さん(東京大学〈著作刊行時〉)の「21世紀型の学校」を紹介することで、設問に対する答えとしたい。

 

 

 1989年にベルリンの壁が崩壊し、経済のグローバリゼーション化が進行した。その結果、先進諸国では産業主義社会からポスト産業主義社会へと移行して労働市場が大きく変貌し、生産労働に従事する労働人口が激減し、知識情報産業の労働市場(情報、経営、金融)と対人サービスの労働市場(福祉、医療、教育、文化)が飛躍的に拡大している。この変化に対応して、知識が高度化し複合化し流動化しており、学校教育は生涯学習の基礎として、将来にわたって学び続ける基礎教養を形成し、学びの主体としての学習者を育てる必要に迫られており、創造的な思考や探求を行い、他者と協同するコミュニケーション能力を育てることを要請されている。


 「21世紀型の学校」は、「質と平等の同時追求」(引用者注:「質と平等の同時追求」については、次節■「学びの共同体」を作る■で詳述する。)を根本原理として構想されている。産業主義によって経済発展を遂げている途上国の教育改革は今なお「量」の達成(引用者注:「量」は従来のテストで測れる知識量のこと)が中心目的であるが、ポスト産業主義社会に突入している先進諸国の教育改革においては、「質と平等の同時追求」が教育改革の成否を規定する根本原理となっている。この根本原理を最も端的に示したのが、OECDによって2000年から3年ごとに実施されてきた国際学力調査(PISA調査)であった。
            (岩波ブックレット『学校を改革する』より)

 

 

 佐藤さんの文章は、専門書でなくても結構難しい。簡単に言うとこうだ。

 


 経済構造の変化によって、知識をたくさん持っている「学力」ではなく、「創造的な思考や探求を行い、他者と協同するコミュニケーション能力」をもった「学力」を要請するようになった。先進諸国の教育改革は今まさにその方向で進んでおり、その達成度を測るのがPISAテストだというわけである。

 

 

 いつの時代もそうなのだが、その時代の経済が求める人材が教育の有り様を規定してきた。知識詰め込みが間違いで、PISA型学力が正しいというのではない。今の経済がPISAを求めているということだ。

 

 

 PISA型読解力という言葉がある。そのPISA型読解力を育てるために、論理的に書かれた文章(説明文)を教材に、従来の読み取りに加えて「熟考」「評価」といったレベルの学習が展開されている。ここで育てようとしている力こそが、「論理力」なのだ。したがって、「今なぜ論理力か」という問いに対する解は、なぜPISAかの説明と全て重なる。

 

■「学びの共同体」を作る■

 前節「論理力を育てる」で、佐藤学さん(学習院大学『学校を改革する』刊行時〉)の「21世紀型の学校」について紹介した。「学びの共同体」は、「21世紀型の学校」を実現するための学校改革のヴィジョンであり哲学である。

 

 

 佐藤さんは、学びの共同体の学校のヴィジョンを次のように定義している。

 


「学びの共同体の学校は、子どもたちが学び合う学校であり、教師たちも教育の専門家として育ち合う学校であり、さらに保護者や市民も学校の改革に協力し参加して学び育ち会う学校である。」

 

 

 また、佐藤さんは、学びの共同体の学校改革を3つの哲学によって基礎づけている。公共性の哲学と民主主義の哲学と卓越性の哲学である。
 公共性の哲学とは、教室を開くことである。


 民主主義の哲学とは、子どもと子ども、子どもと教師、教師と教師の間に「聴き合う関係」を創造することである。


 卓越性の哲学とは、どんな条件であっても、丁寧さと細やかさを大切にして、最高の学びを追求することである。

 

 

 学びの共同体の学校改革は、上記のヴィジョンと哲学に基づき、その実現のために以下の3つの活動システムで構成される。教室における協同的学び、職員室における教師の学びの共同体と同僚性の構築、保護者や市民が改革に参加する学習参加の3つの活動システムである。

 

 

 以上、佐藤さんの著書『学校を改革する』より要約して紹介した。詳しくは、同書及び佐藤さんの数多い類書を参照していただきたい。


 ところで、学びの共同体の学校改革は学校ぐるみでなければ実現しない。ここでは、そのことはひとまず横に置く。私がここで紹介しようとしているのは、学びの共同体の学校改革の一歩として一人で取り組める授業改革である。佐藤さんの理論展開からすれば、3つの活動システムの「教室における協同的学び」についてである。今まで述べてきたことは、「協同的学び」の位置づけを知ってもらうための前置きと考えてもらえばいい。

 

 次回は、「協同的学び」についてです。

 

胃は体の外?

「今朝は何を食べてきた?」

「食べたものは今どこにあるの?」

「そう、お腹の中。胃の中だね。」

「ところで、胃は体の中にあるの? それとも外にあるの?」

 

こんな突飛な問いで始まる学びの時間を持ちたかったなあ……。

 

 

仕事を辞めてから読んだ本の中で、「教師」として最も衝撃的だった1冊は福岡伸一さんの『新版 動的平衡 生命はなぜそこに宿るか』(2017年、小学館。924円)でしょうか。

 

門外漢分野の福岡伸一さんを知ったのは、あるテレビ番組で匠の料理のうま味を科学的に解説するその切り口と語りに惹かれたのがきっかけです。そこから、「動的平衡」という意味不明の世界に足を踏み入れることになりました。

 

 

胃の中は「身体の外」

 

消化管の内部は、一般的には「体内」と言われているが、生物学的には体内ではない。つまり体外である。

人間の消化管は、口、食道、胃、小腸、大腸、肛門と連なって、身体の中を通っているが、空間的には外部と繋がっている。それはチクワの穴のようなもの、つまり身体の中心を突き抜ける中空の管である。

                      『新版 動的平衡

 

では、いつから食べ物は「体内に入った」ことになるのか。それは、消化管内で消化され、低分子化された栄養素が消化管壁を透過して体内の血液中に入ったときである。

 

他の生物の身体である食物ーーつまりタンパク質をそのまま体内に入れてしまうと、他者の情報が、私たち自身の情報と衝突し、干渉し合い、トラブルが引き起こるから、情報を一文字(アミノ酸)にまで解体する。それが消化である。

                      『新版 動的平衡

 

「消化」は5年生の理科ですね。

ちょっと認識を改めなければなりません。

 

オトナの話としては、たとえばコラーゲン食品を食べてもそれがそのままコラーゲンとして吸収されることはないし、ましてやコラーゲンを塗ったって表皮が潤うことはあってもそれが皮膚から吸収されることなどないのです。健康食品やサプリメントについて、よーく考える必要があります。

 

ちなみに、福岡さんによると、鼻も耳も尿道も子宮もすべての「穴」は体外なのだそうです。

「人間は考える葦である」というパスカルの言葉を意識したかどうかは分かりませんが、福岡さんは「人間は考える『管』である」という「名言」?を残しています。

 

 

話のついでに、

記憶とは何か

についても紹介しておきます。

 

動的平衡」を一言でいうと、「生命現象が絶え間ない分子の交換の上に成り立っていること、つまり動的な分子の平衡状態の上に生物が存在しうる」ということです。

 

脳細胞もその例外ではなく、脳細胞を構成している内部の分子群は高速度で変転しています。つまり、ハードディスクやSDカードのような記憶装置は存在し得ないのです。

 

では、記憶とは何でしょう。

 

福岡さんは、記憶は細胞と細胞のあいだにあると言います。

神経の細胞(ニューロン)はシナプスという連繋を作って互いに結合して神経回路を作っています。

神経回路は、経験、条件づけ、学習などの刺激と応答の結果として形成されます。回路のどこかに刺激が入ってくると、その回路に電気的・化学的な信号が伝わります。信号が繰り返し回路を流れると、回路はその都度強化されるそうです。

 

個々の神経細胞の中身のタンパク質分子が合成と分解を受けてすっかり入れ替わっても、細胞と細胞とが形作る回路の形は保持されます。

 

つまり、よく覚えていることというのは、繰り返し思い起こしたことなのです。

これは、子どもの学習習慣の形成にも応用できそうです。

 

昔のことをよく覚えているのは、何度も思い起こしているからです。そして、思い出が美化されるのは、「回路」が長い年月の間に少しずつ変形しているからだろうということです。

 

動的平衡」の本質的な部分はとんと理解が及びませんが、なかなかおもしろい世界が広がっているようですよ。