教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

そろり美濃路④ 国府宮~清須宿~名古屋城

国府宮~清須宿~名古屋城

今回は、名鉄国府宮駅から清須宿を経て、名古屋城まで歩いた3月24日のたびである。

 

国府宮駅前のベンチで例のあんパンを食べて、いざ出発。

美濃路に戻ったところに、国府宮一の鳥居がある。

 

1時間ほど歩いて東海道本線の長い踏切を越えた先に、長光寺(六角堂)の道標がある。「右ぎふ道」「左京都道」の文字が見える。

 

2kmほど歩くと、清須宿に着く。

清須宿本陣跡。

高札場跡近くの道標には、「佐屋」「甚目寺」「津島」の文字が。

宿場の外れが五条川で、五条橋を渡る。

橋のたもとの解説板にはこうある。

五条橋
五条橋は室町期、斯波氏の時代から架かり、一六一〇年の清洲越で城と共に名古屋堀川に移されるまで、まさに「御城橋」の役を果たしてきた。
信長が愛馬に跨って渡り、豊臣秀吉がほぼ、全国統一を成しとげた小田原征伐の帰路、この橋の上で上島神社へ社額の寄進を行った。
清洲越の後、美濃路宿駅として清洲が復活すると、旅人の往来著しく、五条橋は何度も改築されてきた。
現在の橋は名古屋移転前の擬宝珠の親柱と銘文をそのまま復元したもの。
                                                      美濃路まちづくり推進協議会

擬宝珠は名古屋に移され、現在は名古屋城の博物館にある。

五条橋から清洲城を見る。ちなみにこの天守は、清洲町の町制100周年記念として1989年に建てられた。

 

1時間ほど歩くと、庄内川に行き当たる。

堤に沿った西枇杷島で珍しいものに出会った。「屋根神様」と呼ばれるもので、愛知と岐阜でのみ見られるものらしい。

こちらは1891年築の家で、西枇杷島町で戦前に建てられた唯一の木造三階建ての建物だという。2階の格子は、もとは全階にあったらしい。

 

庄内川に架かる枇杷島橋を渡ると名古屋市である。

次回のスタート地点である名古屋市営地下鉄浅間町駅付近から美濃路を外れ、名古屋城に立ち寄る。前回(3月16日)の美濃路歩きの翌日に、名古屋で桜の開花発表があった。すぐ近くまで来ているのだから、寄らない手はない。

 

名古屋駅のお楽しみも3回目。今回はきしめんである。みやげのあんパンも買った。

総歩数27046歩。