「今朝は何を食べてきた?」
「食べたものは今どこにあるの?」
「そう、お腹の中。胃の中だね。」
「ところで、胃は体の中にあるの? それとも外にあるの?」
こんな突飛な問いで始まる学びの時間を持ちたかったなあ……。
仕事を辞めてから読んだ本の中で、「教師」として最も衝撃的だった1冊は福岡伸一さんの『新版 動的平衡 生命はなぜそこに宿るか』(2017年、小学館。924円)でしょうか。
門外漢分野の福岡伸一さんを知ったのは、あるテレビ番組で匠の料理のうま味を科学的に解説するその切り口と語りに惹かれたのがきっかけです。そこから、「動的平衡」という意味不明の世界に足を踏み入れることになりました。
胃の中は「身体の外」
消化管の内部は、一般的には「体内」と言われているが、生物学的には体内ではない。つまり体外である。
人間の消化管は、口、食道、胃、小腸、大腸、肛門と連なって、身体の中を通っているが、空間的には外部と繋がっている。それはチクワの穴のようなもの、つまり身体の中心を突き抜ける中空の管である。
『新版 動的平衡』
では、いつから食べ物は「体内に入った」ことになるのか。それは、消化管内で消化され、低分子化された栄養素が消化管壁を透過して体内の血液中に入ったときである。
他の生物の身体である食物ーーつまりタンパク質をそのまま体内に入れてしまうと、他者の情報が、私たち自身の情報と衝突し、干渉し合い、トラブルが引き起こるから、情報を一文字(アミノ酸)にまで解体する。それが消化である。
『新版 動的平衡』
「消化」は5年生の理科ですね。
ちょっと認識を改めなければなりません。
オトナの話としては、たとえばコラーゲン食品を食べてもそれがそのままコラーゲンとして吸収されることはないし、ましてやコラーゲンを塗ったって表皮が潤うことはあってもそれが皮膚から吸収されることなどないのです。健康食品やサプリメントについて、よーく考える必要があります。
ちなみに、福岡さんによると、鼻も耳も尿道も子宮もすべての「穴」は体外なのだそうです。
「人間は考える葦である」というパスカルの言葉を意識したかどうかは分かりませんが、福岡さんは「人間は考える『管』である」という「名言」?を残しています。
話のついでに、
記憶とは何か
についても紹介しておきます。
「動的平衡」を一言でいうと、「生命現象が絶え間ない分子の交換の上に成り立っていること、つまり動的な分子の平衡状態の上に生物が存在しうる」ということです。
脳細胞もその例外ではなく、脳細胞を構成している内部の分子群は高速度で変転しています。つまり、ハードディスクやSDカードのような記憶装置は存在し得ないのです。
では、記憶とは何でしょう。
福岡さんは、記憶は細胞と細胞のあいだにあると言います。
神経の細胞(ニューロン)はシナプスという連繋を作って互いに結合して神経回路を作っています。
神経回路は、経験、条件づけ、学習などの刺激と応答の結果として形成されます。回路のどこかに刺激が入ってくると、その回路に電気的・化学的な信号が伝わります。信号が繰り返し回路を流れると、回路はその都度強化されるそうです。
個々の神経細胞の中身のタンパク質分子が合成と分解を受けてすっかり入れ替わっても、細胞と細胞とが形作る回路の形は保持されます。
つまり、よく覚えていることというのは、繰り返し思い起こしたことなのです。
これは、子どもの学習習慣の形成にも応用できそうです。
昔のことをよく覚えているのは、何度も思い起こしているからです。そして、思い出が美化されるのは、「回路」が長い年月の間に少しずつ変形しているからだろうということです。
「動的平衡」の本質的な部分はとんと理解が及びませんが、なかなかおもしろい世界が広がっているようですよ。