教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

森と湖と実りの大地から ~北海道キャンプ旅行の記録~ ⑥

北海道キャンプ旅行 出発から7日目

1991年7月31日(水)

 
 夜半にちょっとまとまった雨が降った。朝には上がっていたがテントはしっかりと濡れており、どうやら選択は正しかったようだ。朝食のあとテントの片付けをして、8時前キャンプ場を後にした。


 サロマ湖畔のキムアネップ岬で馬の放牧を見て、竜宮街道を走ってみたが途中行き止まりで結局砂州までは行けなかった。能取湖へ向かう途中の常呂町森林公園の脇の道を入っていくと、原野に一本の木が立つ見晴らしのいいポイントがあるらしい。しばらく走ると道はダートに変わり、それが10数kmも続く。1車線幅のダートが続くとあればこれも諦めるしかなかった。しかし、少しばかり山間に分け入っただけでも十分に成果はあった。広大な原野と斜面に広がる畑、しっかりと実をつけた麦穂の彼方にはオホーツク海があって、そのずっと向こうに知床半島が小さく見えている。

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麦の秋

※(補足)デジタルカメラなどなかった時代です。子どもたちはそれぞれにレンズ付きフィルムカメラを持ち、撮影していました。「麦の秋」は、娘が撮った1枚です。

 網走刑務所に立ち寄ってみたが、以前にも増して観光地化していた。考えてみれば、刑務所を観光名物にするなどという発想はどこかズレている。ただ、囚人を開拓の道具にすべくここに刑務所が作られた歴史だけは、決して忘れてはならぬ。


 天都山に登ると知床を見渡せる展望台がある。その脇にオホーツク流氷館があって、流氷の世界が体感できる。入口で防寒服を借りて部屋に入ると、そこはマイナス15度の世界。本物の流氷に触ってみた。

※(補足)オホーツク流氷館は今も同様の施設です。クリオネは当時展示されていたのかどうだか…。クリオネが話題になるのはもう少し先のことで、まったく記憶にありません。


 知床半島へ向かう途中、小清水原生花園へ立ち寄った。ここも訪れるたびに観光地化がすすんでいる。とは言っても、海辺に咲くハマナスの花と、その後ろに見える知床の山並みは格別だ。

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ハマナスの花


 知床の入口でオシンコシンの滝を見学して、ウトロへ。港のあたりを散策したあと、土産もの店をのぞいてみる。夜は、民宿しれとこペレケでのんびりと過ごさせてもらった。

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オシンコシンの滝

落差約30m。「日本の滝100選」にも選ばれています。


 ※(補足)知床に適当なキャンプ地がなく、民宿泊まりです。「しれとこペレケ」は、今も同じ名前、同じ建物で営業されているようです。

 

 ※(補足)北海道旅行のなかでアイヌ文化やアイヌ語にふれることを、テーマの1つにしています。

知床は、アイヌ語の「しル」(大地、土地)+「エとク」(先)で、「しレトク」(みさき)を意味します。(アイヌ語の発音は、私の持っている知里真志保著『地名アイヌ語小辞典』に記載のものを採用しています。なお、ひらがな部分はアクセントの山を表しています。)

ウトロ(宇登呂)は、「ウとル+チ+くシ+イ」(間+我ら+通る+所)で、「その間を我らが通行する所」という地理的なことがもとになっています。