教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

退職後を生きる(その11) 字あそび(天声人語)

字あそび(天声人語

 

仕事を辞めると、文章を書く機会がめっきり減ります。

老化防止の意味合いも含めて、退職の翌年から新聞コラムの書き写しを始めました。

朝日新聞に限らず、新聞各社の1面コラムは時事問題を取り上げます。社会に関心を持ち続けるパイプにもなります。

 

朝日新聞の1面下段に掲載されるコラムが、「天声人語」です。

 

最初のあいだは、書き写し用の原稿用紙を作ってプリントし、それに視写していました。

A4用紙1枚で2日分です。これだと用紙が溜まる一方だと考え、パソコン入力に切り替えました。

ワープロソフトで専用のフォーマットを作成し、そこに打ち込んでいきます。爾来、休刊日を除いて1日の欠けもなく、まもなく6年になろうとしています。

 

毎日続けるというのは、何ごとによらずそれなりに大変なことです。

旅行で家を空けたりすると、その間のコラムが「宿題」となってたまります。4日分をまとめて入力するときなどはいささか閉口しますが、いまや毎日の日課、朝のルーティンとして定着しています。

 

毎日続けると、新しい気づきがいくつもあります。

ニュースを材にしたコラムからは、その背景を知ることが多くありました。

ときの話題を材にしたコラムでは、未知の世界との遭遇がありました。

政治を材にしたコラムからは、眼を開かれることが多々ありました。

 

それにしても、毎日毎日、決まった字数で文章をまとめるなんて、もはや「神ワザ」です。

パソコンでの入力を続けていて気づいたことがあります。字数をピタッと決める最後の「神ワザ」は、漢字表記にするか仮名表記にするかという「小ワザ」にあるということです。

 

視写(正確には「視入力」)をするようになって、他紙のコラムにも機会があれば意識して目を通すようになりました。

わずか数紙に何度か触れた程度では公平な比較とは言えませんが、朝日の「天声人語」は秀逸です。

たとえば、2021年12月10日の「天声人語」。

 中国由来の「羊頭狗肉」に近い言葉は世界にあって、英語では「ワインと叫んで酢を売る」という。お酒だと思って飲んだら、びっくりだろう。ニカラグアには「うさぎの代わりに猫を与える」がある。こちらは猫好きから反論があるかもしれない羊だ、ワインだと叫ぶ姿がますます際だってきたのが岸田文雄首相である。「新しい資本主義」さらには「新資本主義からの脱却」とまで言うなら、俎上に載せてしかるべき課題があるはずなのに。この国会での立憲民主党の質問で浮かび上がった泉健太代表は「所得税の累進性の強化」を求めた。日本の所得税最高税率は1980年代には70%だったのが、いまは45%である。高所得者にたくさんの税を負担してもらう累進性の強化は、格差を縮小する手立てになる▼西村智奈美幹事長が迫ったのは「労働者派遣法の見直し」である。かつて専門職に限られていた派遣社員は、90年代後半から多くの業務に拡大されていった。しかし岸田首相の答弁を聞く限り、いずれの問題も検討するつもりはないらしい▼首相肝いりの「新しい資本主義実現会議」というすごい名前の会議では取り上げられるのだろうか。経営者がずらりと並ぶ陣容を見ると、望み薄かもしれない。「新しい」「大改革」「転換」などと風呂敷を広げるのは政治の常套手段だが、最後にどこに落ち着くのかよく見ておきたい▼最初から正直に、狗肉だ、酢だと叫びながら店を出してくれれば、腹も立たないものを。

天声人語」では、改行マーク「▼」が5つ使われ、6段落構成で書かれることが約束になっています。

第1段落 ネタ振りの段落です。

天声人語」の典型的なマクラです。その日の話題とは直接関係のない話題で始まります。これがコラムに厚みと深みを与えていると私は感じています。

この日は「羊頭狗肉」です。見せかけや触れ込みはりっぱでも、実質が伴わない……さて本題になんだろうと、先を想像しながら読むのが「通」の楽しみ方です。先を読んで見事当たっていたときは、してやったりの気分です。

第2段落 マクラの「羊頭狗肉」と、本題である岸田首相の「新しい資本主義」をめぐる国会答弁をつないでいます。

第3~5段落 本題である岸田首相の「新しい資本主義」を、見せかけや触れ込みはりっぱでも、実質が伴わないのではないかと論を展開します。

第6段落 まとめの段落です。

通常は筆者の「主張」や「願い」が書かれます。この日のような「マクラ」の場合は、その話題に戻って「オチ」にします。いかにストンと落とすかが筆者の腕の見せどころです。

最初から正直に、狗肉だ、酢だと叫びながら店を出してくれれば、腹も立たないものを。

「座布団1枚!」

 

もちろん駄文だなあと感じる日もありますが、入試問題に多用されるのも頷けるわと感じ入る日もしばしば。脳活しながら楽しんでます。