教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

「戦後80年」に紡ぎ継ぐ その3・被爆体験を記録する⑬

「戦後80年」に紡ぎ継ぐ その3・被爆体験を記録する⑪から紹介しています講演の続きです。 

 

 

私の被爆体験~広島からのメッセージ~


                       森本範雄さん

1.被爆前の日常生活や当時の模様、当時の直前の様子

 

「戦後80年」に紡ぎ継ぐ その3・被爆体験を記録する⑪

   

2.爆発の状況、周囲の状況、負傷者の状態等

 

「戦後80年」に紡ぎ継ぐ その3・被爆体験を記録する⑫

 

3 収容所内での生活


(1) 生き地獄のような生活


 「早いとこ脱出せんといかん。」そう思ったけど、私の気持ち完全に動転してしまっていた。めがねも飛ばされた。とにかく、逃げまくった。そのうちに私の焼けた皮膚がくずれ始めてきた。うつむくと焼けた顔の皮膚がくずれて、しずく引いて落ち始める。まず、まぶたがいかれた。まぶたがとけてくっついてしまったんです。一瞬、これでおしまいかな、そんな気がした。けど、どこの町か分からんようなとこでくたばりたくない。もういっぺん家へ帰りたい。何が何でも家へ帰りたい。とにかく家まで帰りたい。その一心で無茶苦茶逃げ回って逃げたんです。
 ようやく軍隊が救護活動に入ってきて、見つけてくれた。そして、それこそ真っ黒焦げに焼けこげた丸太んぼみたいになった人々と一緒に軍のラックに積み込まれて、運ばれたんです。降ろされたとき、ケガの程度で重いのと軽いのと二手に分けた。分けられた私の所へ兵隊さんがやってきて、「お前さん、名前は?」「森本範雄です。」「年は?」「17才。」「住所は?」「福島町です。」そこまで聞いた兵隊さん、優しい声になって、「お前さん、なんぞ遺品に残しておきたいことはないか?」こんなことを聞いてきた。「急にそんなん言われたって思いつかんけど、家へ帰りたい。家へ帰してほしい。でなかったら、早いとこ火傷やケガの手当してほしい。」「分かった。何とかしてやろう。待ってろ。」そして次の人へ行く。別の兵隊さんがやってきて、私の焼け残った服へ荷物の荷札をくっつけていく。それに今言った名前と年と住所が書いてある。
 待てよ、何とかしてやると言ったけど、いくら待っても待ってもだあれも来てくれません。その間にもどんどんどんどん焼けた皮膚がくずれていく。とがったところ、鼻の頭も唇も耳の先もくずれ始めた。ほおべた、でこちん、焼けただれてはれてふくらんで、目も鼻も口もない。のっぺらぼうの風船玉のお化けみたいな格好になってしまった。
 それでもまだ私はくたばってません。生きていた。生きてる証拠に、小便がしたくなった。でも足元にたくさん人々が倒れ込んでるんです。そんなとこでするわけにいかん。がまんする。が、いつまでもがまんできません。仕方がない。目がつぶれて見えませんから、足の先で倒れてる人々をかき分けながら歩いてみた。どこまでも足に触る。がまんして歩く。ながーい時間がまんして、ようやく静かなとこ見つけた。すませた。いざ帰ろうと思ったら、自分がもといた場所が分からなくなってしまってたんです。うろうろやってたら、向こうから来る兵隊さんに捕まった。声が聞こえるんです。「こいつ見ろよ。一人残ってるでえ。」「おお、そうらしいなあ。」「こいつ、どうする。」「今さら仕方がない。残してやれや。」「そうしようか。」こんな会話しながらやって来て、たいへんしかられた。「なぜきさま一人だけここらでうろうろうろうろやってるか。せっかく集めておいたきさまらの連中、今この基地からよそへ移動させたばかりだ。もうだれも残ってない。けど、きさま一人わざわざ追っかけて行くわけにいかん。残してやる。付いてこい。」ブツブツ言いながら、ある建物の中へ入れてくれたんです。
 中はケガをした人でいっぱいです。口々に熱いとか痛いとか水がほしいとか、お父さーん、お母さーん、わいわいわいわいやってる。けどいくらわいわいやっても、ここもだれも来てくれません。
 夜になった。朝が来た。静かなんです。静かなはずです。夜通し熱いとか痛いとか言った連中、朝までの間にほとんど死んでしまっていた。兵隊さんがやってきて、死体をどこかへ運んでいく。私の周りが広くなった。
 そして初めて私に治療の順番がやってきた。けど、その時にはもうその部隊には薬らしい薬はほとんど残ってなかったんだそうです。私が受けた治療というのは、仰向けに寝っ転がされて、もう完全にくずれてしまった皮膚、出てきた血、飛んできてかぶったいろんなごみ、そういうものをやかんに入れた水できれいにざあっと洗い流すだけなんです。ガーゼの1枚も包帯の1本もない。そういうものを洗い流したきたない水が、私の焼け残った服の上を通って流れていく。どろんどろんのべったべたです。でも、着がえなんかさせてもらえる道理がない。
 そういう不潔な状態でいるもんですから、すぐにウジ虫がわいてきた。頭の中から白いご飯粒みたいなヤツがポロリポロリ落ち始める。手を見ると、手にちゃあんとくっついてる。ウジ虫ども、もうエサを探してゴソゴソはい回る必要がない。完全にくずれて腐ったようにブヨブヨになった手の肉、ヤツらにとったらおいしいごちそうだったに違いない。くっついたヤツが全部逆立ちして、自分の体が半分埋まるぐらい穴開けて食い込んでる。1匹ずつほじくり出しては捨てる。けど、不潔な状態です。次から次ふえてくる。手はそうやっていくらかでも取りましたけど、顔は見えないから取りようがない。また下手にあちこち触ったら痛い。放ってあったのをいいことにウジ虫がどんどんどんどん増えて、とうとう顔中全部ウジ虫だらけにされてしまった。勝手に口に中に入り込んでくるんです。けど、その頃になったら私にはもうきたないとか気持ち悪いとかくさいとか、そういう感情がなくなってしまっていた。口の中へ入ってきよったな、そう思ったらくるくると丸めて、ご飯粒か何か吐き出す様なつもりで外向かってパアーッと吐き出して捨ててた。何とも思わなかった。けど、耳の中にわいたウジ虫にはまいった。耳の穴の中まで焼けててベタベタなんです。サァーッという音が聞こえる。その音がいつの間にか、カサコソカサコソという音に変わってきた。そこで気がついた。「耳鳴り違う。ウジ虫のわいた音や。」気がついた途端に怖くなったんです。「今はちっちゃいらしい。けど、こいつが私の手や顔を食い荒らしたように、耳の中食い荒らしながら大きくなって、外に出てくれればいいけど、逆に頭の中へゾロゾロゾロゾロ行列作って攻め込んできたら人間一体どうなるやろ。」そんなこと考えたらもう居ても立ってもいられない。ありとあらゆることわめき散らして助けを呼んだんです。

                           (つづく)