教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

エラくなるとはどういうことか①

はじめに


「学力」とは何かという「そもそも論」はひとまず置きます。

社会を覆う空気は、目に見える学力、つまりテスト等で数値化される学力論に傾倒しています。それが学力の全てではないことは勿論ですが、敢えてテスト学力に真っ向から挑みたいと思います。


児童数10名の小規模学級を、5年・6年と担任したことがありました。

小規模学級で子どもを見ていると、大規模学級では見えなかった(見過ごしていた、あるいはスルーしていた)ものどもが大きなトゲになって引っかかってきます。

 

6年時、教材会社が作っている単元テスト・学期末(学年末)テストの学級通年平均点は、国語が92点、算数が90点を記録しました。

このクラスには、4年生の指導要録で国語と算数の両教科ともに最下位評定をもらった子が3人いました。そのことを思うと、2年間のクラスの成長は実に大きいものがあります。

 

この子どもたちの成長の跡を辿りながら、「エラくなるとはどういうことか」という命題に迫ってみたいと思います。

 

 

 

 ケースA

 

(1)素描Personality Sketch


①学習状況(5年当初)


4年生の評定は、国語・算数ともに低いです。

特に漢字に対する「アレルギー」があり、読みも覚束ない状態です。

勘が良く、読みが下らないにもかかわらず、読解テストは好成績をとれます。


②Q-U結果(5年生4月9日)

 

Q-U とは
 河村茂雄氏(早稲田大学)が開発した楽しい学校生活を送るためのアンケート。Q-UはQUESTIONNAIRE-UTILITIES を略したもの。「やる気のあるクラスをつくるためのアンケート」(学校生活意欲尺度)と「いごこちのよいクラスにするためのアンケート」(学級満足度尺度)で構成されている。さらに、学校生活意欲は、友達関係・学習意欲・学級の雰囲気の3下位領域からなる。学級満足度は、承認得点と被侵害得点をクロス集計し、学級生活満足群・非承認群・侵害行為認知群・学級生活不満足群分類される。

 

学校生活意欲が高く、また学級満足度尺度は「学校生活満足群」に属しています。

ただ、「あなたが自分の思ったことや考えたことを発表したとき、クラスの人たちは冷やかしたりしないで、しっかり聞いてくれると思いますか」という問いに、唯一「まったく思わない」と答えています。この設問を含め、A児の中では承認得点が低く、確かな学力に裏打ちされた自己肯定感を高めていくことが課題であると考えます。


(2)転機Turning Point


A児の転機は、5年生2学期末の漢字50問テストで70 点をとった時であったと捉えています。

これを「大転機」だとすれば、それにつながる「小転機」は、毎週の漢字小テストにあったと考えられます。


年度はじめ、漢字学習のパターン化を図りました。

月曜日は漢字ドリル右ページの新出漢字を読んでなぞり書きを3回、火曜日は左ページの漢字に読み仮名をつけてなぞり書き1回、水曜日は左ページの写し書き2回、木曜日は右ページの用法・熟語を漢字ノートに視写、金~日曜日は左ページの漢字をノートに適宜練習し、翌週月曜日に練習したページの小テストを行います。

 

頑張りが即点数に表れるこの学習パターンは、A児のやる気を刺激しました。

 

振り返って思うに、週末の「適宜」練習が成功のカギだったようです。

10問の漢字小テストの正答数が、3問から5問、7問へと増えていきます。「やればできる」。練習の質や量とテスト結果の関係から、A児は努力することの意味を感じ取りました。

 

10月実施のQ-Uで、「しっかり聞いてくれると思いますか」は4段階評価の1から4に好転しました。

ちょっとした自信が、クラスでの居心地を押し上げたのです。

それが、2学期末の漢字50 問テスト70点につながっています(ちなみに、1学期末は46点でした)。

70点はクラスの下位であることに違いはありませんでしたが、本人の喜び様は今も忘れられません。

 

さらに、それを見た母親がベタ褒めしてくれました。

母親の言葉がA児の自己肯定感・自己効力感をどれほど高めたか計り知れません。

 

漢字50問テストのその後は、86点(5年3学期)、84点(6年1学期)、96点(6年2学期)、94点(6年3学期)となっています。

 

国語科全体の成績も毎学期上昇を重ね、6年時の通年平均点は89点を記録しました。


(3)教訓Teaching Point


A児のケースは、「やる気」につながるいくつかの示唆を与えてくれています。

 

まず、目標が具体的で手が届く位置にあること(スモールステップ化)

 

そして、目標達成のためのプロセス(学習過程)を明確に示してやること。その際、自由裁量の余地を残しておくことが、その後の「自立」を助けるようです。

 

最後に、成功体験を重ねさせること


高学年になると、褒めることは実に難しいです。

本人が達成感を持ったタイミングでの褒め言葉でないと、決して心に響きません。漢字50問テストで70点をとったタイミングでの母親の言葉がいい例です。


明るく元気に振る舞っている子でも、点数への引っ掛かりは潜在的にあります。

確かな学力に裏打ちされた自己肯定感は、どの子にとってもエラくなるための必要条件なのです。