教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

日本語探訪(徒然なるままに) 雪がとけると…

雪がとけると…

 

問題 「 」の部分に漢字1字を入れて、文を完成させなさい。

 

① 雪が溶けると、「 」になる。

 

② 雪が解けると、「 」になる。

 

どこかの試験にこんな問題出ないかなあ。

想像力とか頭の柔らかさを問うには良さそうです。ただ、絶対的な正解があるわけではないので、採点者が困ることになるかもしれません。

「その漢字を入れた根拠を述べよ」などと加えると、これは相当深い問いになるのですが……。

 

 

私が用意した(というより、よく知られている)「正答」は、

① 水

② 春

です。

そのこころは…

 

広辞苑」を引きます。

溶ける
①融解する。固体・固形物が液状になる。源氏物語末摘花「朝日さす軒の垂氷は―・けながら」。「雪が―・ける」


②液体に他の物質がまざって均一な液体になる。「食塩は水に―・ける」
◇「解ける」とも書く。「熔」「鎔」は、金属の場合に使う。

 

解ける
結ばれていたり、固まったり、閉じたり、不明だったりしたものが、ゆるめほぐれた状態になる意。

➊結ばれていたものがばらばらになる。
①結び目がほどける。万葉集14「昼―・けば―・けなへ紐のわが背なにあひ寄るとかも夜―・けやすけ」。「帯が―・ける」

②しこりになっていた気持がさっぱりする。万葉集2「磐代の野中に立てる結び松情こころも―・けず古思ほゆ」。「誤解が―・ける」

③心がゆるむ。安心する。万葉集17「よろづ世と心は―・けて吾がせこがつみし手見つつしのびかねつも」。源氏物語空蝉「心―・けたる寝いだにねられずなむ」。「警戒心が―・ける」

④制約や契約などの束縛が除かれる。「禁が―・ける」

⑤警備などで固められていた態勢がゆるむ。「包囲が―・ける」


➋職などから離れる。解任される。源氏物語関屋「その弟の右近の尉―・けて御供にくだりしをぞ」。「任が―・ける」


➌不明のものが明らかになる。
①答が出る。「問題が―・ける」

②納得がゆく。解釈がつく。「疑義が―・ける」

 

「溶ける」には、「固体・固形物が液状になる」という意味があります。

したがって、「雪が溶けると水になる」というのは、きわめて自然科学的な一文だと言えます。

 

先ほどの辞書には「溶ける・・・・融解する。固体・固形物が液状になる。」とあります。

つまり、「溶ける」=「融解する」=「固体・固形物が液状になる」という関係が成り立ちます。

「融解」を引いてみると、

融解
①溶けること。溶かすこと。
②固体が熱せられて液体となる変化。熔融。熔解。

とあります。

「融」も「と・ける」と読みます。「融雪剤」「融雪道路」という言葉もあります。

「雪がとけると水になる」は、「溶ける」でも「融ける」でもよさそうです。

 

問題は、……。

「解」の存在がどうも解(げ)せないのです。

「解ける」には、「結ばれていたり、固まったり、閉じたり、不明だったりしたものが、ゆるめほぐれた状態になる」という意味があります。

しかし、いくら探してもそこに含まれる意味合いは、人為的なものあるいは心理的なものばかりで、自然科学的なものはありません。

たしかに、「固体・固形物が液状になる」という状態を「結ばれていたり、固まったりしたものが、ゆるめほぐれた状態になる」と解することもできますが、いささかこじつけの感があります。

 

現在、報道機関のほとんどは、雪がとける自然現象を「雪解け」と表記しています。

「雪解け水」という言葉もあります。これだと、「雪が解けると…」の答えも「水」です。

10年あまり前、NHKがこんな議論と決定を行っています。

放送用語委員会(東京)
用語の決定

平成23年2月10日(木),放送センターで第1343回放送用語委員会が開催された。

●用語の決定
1.「氷・雪がとける」「氷・雪をとかす」の表記
①とける ②解ける〔▲融〕
①とかす ②解かす〔▲融〕

①雪どけ ②雪解け
 なお,「液体の中に入れたものが混じり合う」「熱によって固体が液体になる」ような場合の「とかす」「とける」は,「溶かす,溶ける(例文:絵の具を水に溶かす,鉄が溶ける)」とする。「髪をくしですく」という意味の「とかす」はひらがなとする。「緊張がるむ」「答えが見つかる」というような場合は漢字で,「解ける(例文:緊張が解ける,謎が解ける)」とする。
・「まざりあう」の意味の「とけあう」
 溶け合う 例:炭酸ガスが水と溶け合う
 「解け合う」は「うちとける,仲良くなる」の意味の表記とし,「溶け合う」と使い分ける。

●提案と議論
 以下に「提案」として示すのは,「決定」内容とは異なる内容が含まれている。実際に決定された内容は,前掲の「用語の決定」欄のとおりである。

提案1「とける」「とかす」について
 「氷」「雪」が「とける」については「融」「解」「溶」の漢字表記が考えられる。このうち,「融」は「とける」という読みが表外訓のため,放送では「解」「溶」,それに「ひらがな」から選ぶことになる。NHK新用字用語辞典』では,「雪が解ける」をとってきた。しかし,国語辞典やネットでの利用実態では「雪・氷が溶ける」が多く見られ,「溶」と迷う場面がある。こうした実態から,雪と氷の場合は,「とける」「とかす」とひらがなを優先させることを提案する。「溶」を使いたい場合は「ひらがな」とするということである。漢字で書く場合は「解」で統一する。なお,「ゆきどけ」は,国語辞典やネットでも「解」が多く使われており,雪解けのままとする。

提案1についての議論
井上由美子委員:「ゆきどけ」についても,ひらがなを優先してはどうだろうか。気象用語としてよりも,比喩的に使うことも多いように思う。

野村雅昭委員:「雪がとける」「氷がとける」はかなで,「ゆきどけ」だけは漢字というのは,わかりにくい。日本語の場合,自動詞と他動詞をわけて考えるのは難しい。発端が「雪」「氷」であったため「とける」「とかす」で考えているが,「とく」も含めて考えて欲しかった。そのうえで,「ゆきどけ」だけを特例として「雪解け」とするかどうか議論しなくてはいけなかっただろう。「とけこむ」「とけあう」は立項しないでもいいのではないか。複合語の中でよく使うものは立項すべきだが,迷いが出てくる。特に「とける,とかす」をひらがな優先とするのであれば,「とけこむ」「とけあう」も1つには決められないだろう。

井上史雄委員:かなを第一に示すのは賢明なことだと思う。はっきりとした使い分けのない和語の場合,漢字を想定せずに話していたことばを,いざ表記する場合に,どの漢字表記が適切か悩むことがある。はっきり使い分けがある場合は,漢字表記を示すべきだが,使われる同音の漢字が多い場合は困る。全体の意味を表すような上位概念の漢字を示し,迷った場合には上位概念の漢字で表記できる場合がある。また,もっと上位の表記としてひらがな表記がある。迷った場合は,ひらがな表記でよいという示し方は賢明だと思う。

荻野綱男委員:表記の問題はゆれがおこりやすく,決めがたい。その中で,和語はかな書きを優先させるという案はいいと思う。漢字で書くと意味を限定しているように思ってしまうが,かな書きにすると,それをあいまいにし,意味を広げることができる。今回,テーマになっていることばはその点では,ひらがな優先がよいだろう。「国語辞典」は,もし漢字で書くとすればどう書くかを示している。漢字で書くべきか,ひらがなで書くべきか,またはどちらで書くことが望ましいのかを書けるのが「表記辞典」のメリットである。読む側の辞典と書く側の辞典は,違うだろうと思う。「表記辞典」は書こうとするときにどう書くのが適切かを知るための「書く側の辞典」である。そういう役割であれば,漢字で書けるものはひらがなで書いてもかまわない,というのではなく,本当はどちらの表記が望ましいのかが書いてあるほうがいい。今回の提案のように,かなを第一に推奨しておいて,漢字を第二の表記とするのはいいと思う。「とける」「とかす」を「①ひらがな②漢字」にするのであれば,「ゆきどけ」も「①雪どけ②雪解け」にするのが自然だろう。

事務局「ゆきどけ」も「①雪どけ②雪解け」とすることとする。

 

NHKの議論は注目に値するものの、「雪どけ」になぜ「雪解け」が多用されるのかという疑問は解けないままです。

したがって、合理的な説明はできません。

 

雪が溶ける季節になると、固まっていたこころが解きほぐれるようです。それが春の訪れです。

「雪解け」は、そうした叙情的な含意のある言葉だと私は感じています。

「雪が解けると春になる」は、叙情詩の世界です。

「雪解けムード」という言葉では、「雪」は比喩的に使われています。そして、「雪が溶ける季節になると、固まっていたこころが解きほぐれる」のと同じように、両者(両国)の緊張関係が緩んだ状態を言い表します。