教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

尾木ママに学んだ学級崩壊③

尾木ママに学んだ学級崩壊②》の続編です。
2009年8月にまとめた「『学級崩壊』をスタートラインとして ~何がこのクラスの課題なのか~」がベースになっています。
本稿では、学級崩壊を超えるために行った「規律回復」と「自立支援」の取り組みから、「自立支援」部分を紹介します。



5 学級崩壊を超える2 ~自立支援~

 (1) クラスの課題は何か

 

 規律回復で学級の「カタチ」を整えるのと並行して、クラスの「ナカミ」を形作っていく必要がある。「ナカミ」を形作るとは、学級崩壊の背景にある集団の課題に切り込むことだ。

 気になる子どもの姿がある。いわゆる「できる子」に安定感がない。よい子ストレスも読み取れる。一方、学習に課題を持つ子たちの自己肯定感が極めて低い。「勉強なんかできなくてもええね。」「野球さえできたらいいとお父さんが言ってる。」と逃げ道を作りつつ、できないことが気になっている。総じて言える課題は、自尊感情を育て自己効力感を高めることに尽きる。それが子どもたちの自立を支援することになるのだと思う。具体的には、信頼と協力を軸にした集団作り、学力アップを実践課題に掲げた。

 教室の取り組みと並んで、家庭の教育力を回復することも重要な柱だ。



 (2) 教室を心地よい居場所に

 

  ① 学級通信はクラスの潤滑油

 

 学級を誰もが安心して過ごせる場所にしたい。それは、子どもの力が十分に発揮されるための必要条件だと考えるからだ。私の学級づくりのベースの部分だ。1枚文集としての内容を持つ「学級通信」は、それを支える重要なツールである。友だちの作品を読み合うことで、友だちの内面を知り、時には共感が生まれる。やがてはそれが価値観の共有になり、クラスの連帯感や一体感につながる。「学級文化」が育つ土壌は、そうした積み重ねの中で作られる。

 例年に比べて時間はかかっているが、4ヶ月も経てば子どもたちの関係に「潤い」を感じられるようになってきた。


  ② Q-Uの活用

 

 学級開きから1ヶ月の時点で、Q-Uを実施した。学級満足度を分布図にまとめてみると、学校生活満足群が53%(全国平均38%)、学校生活不満足群が32%(同26%)、被承認群が5%(同18%)、侵略行為認知群が10%(同18%)で、要支援群に入る子はいなかった。学校生活意欲分布では、「友だち関係」「学習意欲」「学級の雰囲気」ともに全国平均値と誤差の範囲内の数値になった。概ね良好な回復過程にあると見てよい。

 個々の子どものデータを検証すると、問題の深さが浮かんでくる。大きく2つの傾向が読み取れる。1つは、ピラミッドの上位に位置した子どもたちの被侵害得点が高い傾向にある。その中に成績上位群の多くが含まれるが、その子たちの承認得点が低い。ここからは、人間関係作りの課題や良い子ストレスの問題などが浮かんでくる。もう1つは、学習に課題を持つ子たちの承認得点が高く、学校生活満足度も高くなる傾向がある。これは自己目標の低さに起因すると考えられ、自己理解や意欲付けの課題が浮かんでくる。

 

※Q-Uについては、拙稿「学級集団の特性をとらえよう ~Q-Uのすすめ~」をご覧ください。

  ③ SGE等でリレーションシップを築く

 

 具体的な活動を通して、友だちと協力すること、友だちを信頼することを学ばせたい。暴力で結束してきた集団を、協力と信頼でつながった集団にしたい。

 リレーションシップを築くプログラムとして、SGE(構成的グループエンカウンター)やGWT(学校グループワークトレーニング)を採り入れることにした。

 1学期、とりわけ子どもたちに好評だったのが「人間コピー」だ。廊下に掲示された元絵を交代で見に行き、できるだけ忠実に複製を描き上げるゲームだ。レベルを上げながら3度行ったが、毎回非常に盛り上がった。ゲームの後の振り返りで、ある子は「みんなで協力してやっていると、班の団結力が強くなると思った」と感想を書いていた。体験の1つ1つが子どもの心の栄養になれば、と願う。

 

※SGEについては、拙稿「学級集団の特性をとらえよう ~Q-Uのすすめ~」をご覧ください。



  ④ “ベストフレンド”で仲間を繋ぐ

 

 1学期の半ばから、“ベストフレンド”というのを続けている。朝の会の時、日直はくじを引いて今日の「ベストフレンド」を決める。日直は、1日のうちに「ベストフレンド」に対して3つ以上、相手を喜ばせることをしなければならない。終わりの会で、日直は「今日のベストフレンドは誰でしょう」と聞く。自分だと思う子は起立し、理由を言う。起立者がなければ、日直はノートに書き留めてある自分がしたことを発表する。心当たりの子が名乗る。--そういうゲームだ。

 男子が女子を引き当てた日などは、殊の外おもしろい。時には、フェイントと称して何人もの子に親切をし、攪乱しようとする子もいる。マンネリには気を付けなければならないが、結構盛り上がる。

 所詮は遊びである。しかし、それによって意識が友だちの方に向かうなら、それもありだ。理屈っぽい人権教育教師の過去は、封印した。

 7月、キーパーソンの一人である子が、「これからの社会」という作文の後半にこう書いた。
「5年生になって、ぼくたちは、友だちのことを前よりはやさしい気持ちで考えられるようになったような気がする。一人一人が思いやりの心を持つことで、けんかは少なくなると思う。ぼくがけんかをした時止めてくれたように、ぼくも友だちがけんかをしていたら止めようと思う。そして、世界中の人が、やさしい気持ちでいられたらいいなと思う。まず、ぼくは、このクラスのみんなといっしょに助け合っていきたい。」



 (3) 学力アップで自信を取り戻す

 

  ① 朝モジュールで学習リズムを取り戻す

 

 火曜日から金曜日の1時間目の冒頭を、「朝モジュール」の時間にしている。朝モジュールは、「音読」「百マス計算」「漢字テスト」の3つで構成している。

 「音読」は、規律の乱れた学級で一斉にこちらを向かせるのに極めて有効だった。口ごもることの多い子どもたちに、「五十音」の詩で何度も発音・発声練習を繰り返した。数え歌は、いくつものバリエーションを展開することで子どもを乗せ、隣の教室がうるさいほど声が出た。1学期の後半は、「枕草子」に取り組んだ。高度な文章が、子どもの挑戦心をくすぐった。ほとんどの子が、冬のくだりまで暗唱してしまった。

 「百マス計算」は、集中力と暗算力をねらいにしている。全体的に見ると、タイムが想定値よりも遅い。その分、今後の伸びしろが大きいとも言える。

 「漢字テスト」は、目標を定めて努力する家庭学習の定着をねらいにしている。6月頃から、思惑通りに頑張る子が多くなってきた。励ましと賞賛のスタンプを多用し、まあ、似合わぬ努力もそれなりにしている。

 全体としての朝モジュールは、脳を目覚めさせ学習モードをスイッチ・オンするのがねらいだ。朝の休みに動き回ってきた子どもたちは、この時間帯で完全に切り換えができるようになった。功を奏している。



  ② 班学習で学力と信頼関係を取り戻す

 

 始業式の翌日、四則計算の復習テストをした。そして、その結果の低さに愕然とした。全体に低く、低位者の層が厚い。「班学習」という発想は、担任一人では対応しきれない実態からの発想だ。5つの班を作り、教え合いの態勢を作った。教え合いが成立するのかどうか若干の不安はあったが、子どもを信じなければ何も始まらない。

 総合の時間を学力補充に充てることにした。算数で小数のかけ算・わり算を学習するまでに、計算力のメドを付けることが目標だ。系統的にプリントを用意すると同時に、できたことを視覚化することで自信につながる「工程表」を作った。

 班学習は、子どもたちの学習風景を変えた。算数が苦手な子たちがプリントに食いつくようになり、それを得意な子が支えた。
 子どもたちの姿に後押しされて、算数の授業でも班学習を採り入れた。詳細な「工程表」を作り、単元の総枠を示した。一斉指導の場面を除き、細かな進度は班に任せた。「宿題」はなかったが、子どもたちは家庭学習によって進度を調整するようになった。これに関しては、サボることはほとんどなかった。単元のチェック段階では、班で何点取れば合格という基準を設けた。仮に3人が100点を取っても、1人が0点では合格できない。勝負事が好きな子どもたちは、挑戦心を剥き出しにして頑張った。

 2位数で割るわり算ができない子に、子どもがそれを教えるのは容易ではない。そうした子に対しては、『グレーゾーンの子どもたち』などを参考に、個別プログラムを用意した。細部の手立ては必要だが、「班学習」というカタチはこのクラスにはマッチしたようだ。その後、国語の説明文の読みでもこの班を使った。



  ③ K塾プリントでやる気を取り戻す

 

 「できる」という結果は、計算練習が見えやすい。1学期はそれに集中した。国語力の課題が大きいことは十分承知している。2学期からの主眼はここに移る。「割合・百分率で泣かさない」がスローガンだ。

 昨年度・一昨年度の卒業生に兄・姉を持つ子が多く、「K塾プリント」という担任特製のおっかないものが存在することはよく知っていた。「K塾プリント」というのは、文章題を主にした論理的思考力を磨くプリント群だ。「今年はないの?」と聞かれたら、「きみらにはまだ早い。」と答えていた。

 7月に入って、1学期の学習が終わり、パズル的要素のある「K塾プリント」を試してみた。子どものやる気に火を付けたみたいだ。自分たちもそれをやれるようになったという誇りすら感じ取れる。学力差が大きいので与え方が難しいのだが、試行レベルでの食いつきはいい。2学期から本格導入だ。



 (4) 家庭の教育力を回復する

※家庭の教育力については、《尾木ママに学んだ学級崩壊④》に掲載します。


 (5) 信頼と協力を基盤にした学級文化の創造

 

 学級の空気・雰囲気や価値観を可視化した結晶を「学級文化」と呼んでいる。学級文化は仲間を繋ぐ「ボンド」であり、その創造過程そのものが学級文化だとも言える。子どもたちのマグマ溜まりには、溢れるほどのエネルギーが満ちている。信頼と協力を基盤に、子どもたちの自立を支援するという方向性を持ち、何を引き出し束ね形作っていくか。思案は尽きない。

※この項は年度末に書く予定だった。しかし、現実には余白のままだ。「立て直し」に秋までかかってしまったため、次のステージを描くに十分な時間を確保できなかったのだ。6年生の1年を後輩に託し、私は異動した。