道徳の教科化②
「特設道徳」から「道徳科」へ
「道徳」の前身は、戦前の「修身」です。
日本の敗戦によって「修身」は廃止され、戦後はその役割を「社会科」が担うようになりました。
しかし一方で、「修身」の復活を模索する動きはその頃からありました。
「道徳」が教育課程に登場するのは、1958年の学習指導要領のときからです。
特設道徳の誕生
・1956(昭和31)年3月 清瀬一郎文部大臣が道徳教育の振興について教育課程審議会に諮問
・1957(昭和32)年9月 教課審中間発表 道徳の時間を特設すべき
・1958(昭和33)年3月 教課審が小学校・中学校の教育課程の改訂について答申
「道徳教育の徹底については、学校の教育活動全体を通じて行うという従来の方針は変更しないが、さらに、その徹底を期するために、新たに『道徳』の時間を設け、毎学年、毎週継続して、まとまった指導を行なうこと」
「『道徳』の時間は、毎学年毎週1時間以上とし、従来の意味での『教科』としては取り扱わないこと」
・1958(昭和33)年8月 学校教育法施行規則の一部改正
文部省から小学校および中学校の『学習指導要領 道徳編』発行
「主として『日常生活の基本的行動様式』に関する内容」6 項目
「主として『道徳的心情,道徳的判断』に関する内容」11 項目
「主として『個性の伸張、創造的な生活態度』に関する内容」6 項目
「主として『国家・社会の成員としての道徳的態度と実践的意欲』に関する内容」13 項目
※35.日本人としての自覚を持って国を愛し、国際社会の一環としての国家の発展に尽す。
・1958(昭和33)年秋 特設道徳始まる
それから60年。
「特設道徳」は「特別の教科 道徳」にリニューアルされました。
従前の「特設道徳」と新設の「道徳科」は、どこがどう違うのでしょう。
「特設道徳」から「道徳科」へ
まず、「特設道徳」導入時の学習指導要領と「道徳科」導入時の学習指導要領を比べてみます。
【1958年・学習指導要領】
人間尊重の精神を一貫して失わず、この精神を、家庭、学校その他各自がその一員であるそれぞれの社会の具体的な生活の中に生かし、個性豊かな文化の創造と民主的な国家および社会の発展に努め、進んで平和的な国際社会に貢献できる日本人を育成することを目標とする。
【2017年・学習指導要領】
道徳教育を進めるに当たっては、人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭、学校、その他社会における具体的な生活の中に生かし、豊かな心をもち、伝統と文化を尊重し、それらを育んできた我が国と郷土を愛し、個性豊かな文化の創造を図るとともに、平和で民主的な国家及び社会の形成者として、公共の精神を尊び、社会及び国家の発展に努め、他国を尊重し、国際社会の平和と発展や環境の保全に貢献し未来を拓く主体性のある日本人の育成に資することとなるよう特に留意すること。
「道徳科」新設の前段階で教育基本法の「改正」がありました。じつは、このことと「道徳」の変化とは密接に関係しています。
【1947】第二条(教育の方針) 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。
【2006】 第二条(教育の目標) 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
四 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。
「道徳科」で何が変わるのか
意外かもしれませんが、「道徳」が「道徳科」になっても、指導する「内容項目」は変わっていません。
意外でもなんでもなくて、内容は「道徳」時代にすでに変えられていたのです。
指導する内容は変わりませんが、「考える道徳」ということで教材提示の仕方や教え方が変わっていくことになります。
明らかに変わることがあります。
教育課程上の位置づけが変わる
教科外の「道徳の時間」から「特別の教科 道徳」として教科化されたわけですから、教育課程上の位置づけが変わりました。
ときとして「道徳の時間」が「算数科」に化けるようなことがなきにしもあらずでしたが、以後御法度です。
教材の位置づけが変わる
教科書がつくられました。以前の「副読本」教材から学習指導要領準拠の教材へと、教材の位置づけが変わりました。
教科書教材ということになると、一定の強制力が働きます。これまでカリキュラムの自主編成をしてきたところは、より困難になっていくと思われます。
指導の位置づけが変わる
評価をすることになりましたから、指導の位置づけが変わります。
「総合的に涵養」するために「成長を文章表記」します。と言うは易し、評価するための指導にならなければいいのですが。
危惧されること
「道徳科」に関して危惧していることがあります。
監視の強化
監視には「時間の監視」と「内容の監視」があります。
■時間監視
時間監視というのは、年間35時間の指導時数をきちんと実施しているということを監視することです。
これはすでに「道徳」の時代から実施されています。
「道徳」が「算数」に化けたりするのは珍しいことではなく、憂慮した保守系議員が道徳の実施状況を議会で質問します。教育委員会は、議会答弁のために状況調査をします。具体的には、各学校に実施時数の報告を求めます。
やがてそれは文部科学省による全教科の実施状況調査となり、定着しています。
■内容監視
私は、次の段階として「何を指導したか」という内容調査が始まると考えています。
これもまた、地方議会の一部議員が議会で質問するという形で始まると予想されます。その際、ターゲットとなるのは、「畏敬の念」「愛国心」「伝統と文化」「公共の精神」です。
人権の後退
監視強化の裏で一層後退していくのではと危惧されるのが、人権の課題です。具体的には「個人の尊厳」「人権侵害」「ジェンダー」「平和」といった課題です。
これらは以前の「道徳」においても欠落していた視点です。それでも教科外であった時代には、地域や子どもたちの実態に応じて取り入れる裁量の余地がありました。教科としての「道徳科」は教科書があることもあり、非常に窮屈です。
それぞれの現場におけるカリキュラムの創意工夫が求められます。
その際、留意したいことがあります。
○教科書教材を自主教材などに変更する際には、子どもの実態など説明責任を十分果たせるようにすること。
○「道徳科」がそうであるように、人権の課題はすべての教科、領域で取り扱うものです。重点課題については、指導時間が確保できるように各教科の年間計画に位置づけること。
次回は、「道徳科」の周辺を探訪します。