教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

日本語探訪(その123) 故事成語「大器晩成」

小学校のうちに知っておきたい故事成語の第45回は「大器晩成」です。

 

大器晩成

 

「大器晩成」の読み方

たいきばんせい

 

「大器晩成」の意味

鐘や鼎かなえのような大きな器は簡単にはできあがらない。人も、大人物は才能の表れるのはおそいが、徐々に大成するものである。(広辞苑

 

「大器晩成」の使い方

翌日から楢雄は何思ったのか「将棋の定跡」という本を読み耽った。著者の八段は「運勢早見書」によれば、六白金星で中年を過ぎてから三段になって大器晩成の棋師だということだ。(織田作之助『六白金星』1946年)
 

「大器晩成」の語源・由来

「大器晩成」の出典は、『老子道徳経』です。

 

上士聞道、勤而行之。中士聞道、若存若亡。下士聞道、大笑之。不笑不足以爲道。故建言有之。明道若昧、進道若退、夷道若纇。上徳若谷、廣徳若不足、建徳若偸。質眞若渝、大白若辱、大方無隅。大器晩成、大音希聲、大象無形。道隱無名。夫唯道、善貸且善成。

【読み下し文】

上士は道を聞きては、勤めてこれを行なう。中士は道を聞きては、存(あ)るが若(ごと)く亡きが若し。下士は道を聞きては、大いにこれを笑う。笑わざれば以(も)って道と為すに足らず。故に建言(けんげん)にこれあり。明道は昧(まい)きが若く、進道は退くが若く、夷道は纇(らい)なるが若し。上徳は谷の若く、広徳は足らざるが若く、建徳は偸(おこた)るが若し。質真(しつしん)は渝(かわ)るが若く、大(白たいは)くは辱(じょく)なるが若く、大方(たいほう)は隅(かど)無し。大器は晩成し、大音(たいおん)は希声、大象(たいしょう)は形無し。道は隠れて名なし。それただ道は、善く貸し且つ善く成す。

【現代語訳】

優れた者が道なるものを聞くと、一生懸命それを実践しようとする。普通の者が道なるものを聞くと、存在するのかしないのかよくわからずに首をひねる。愚かな者が道なるものを聞くと大笑いする。愚者に笑われないようでは道とは言えない。

だからこんな言葉があるのだ。「明るい道は暗く見える。前に進む道は後ろに退くかのようだ。平坦な道には起伏を感じる。高い徳はまるで谷のようである。広くいきわたる徳は物足りない。しっかりした徳はだらけているかのようだ。純粋なものは絶え間なく変化する。真っ白なものは黒く見える。大いなる四角には角がない。大器は晩成し、大音はかすかに聞こえ、大いなるかたちには形がない。道は裏に隠れて名前がない。それでも道は力を貸し、完成に導く」

 

「中国語スクリプト」の解説です。

原文の「大器晩成」という言葉の前後に並ぶ四字の言葉はみな相矛盾するものを並べており、この「大器晩成」の「大器」と「晩成」だけは相矛盾するようには見えません。「大器」ですから完成までには時間がかかるのは当然でしょう。と思ったら原義は現在使われている「大器晩成」の意味とは異なるのでした。原義で「大器晩成」は「大きな器は完全な器ではない」という意味なのです。そういう意味だと思って読んでみてもわかりにくい文ですが、要するに「道」なるものは、誰にでも見えたり簡単にわかるようなものではない、ということを言っているわけですね。

 

「大器晩成」の蘊蓄

「中国語スクリプト」に紹介されている『老子』に出てくる名言集です。

大器晩成
大器晩成:(41章)「大きな器はいつまでも完成したように見えない」

いわゆる「大器晩成」とは「偉大な人物は大成するのが遅い」という意味ですが、『老子』における意味は上記のようなものです。

 

大巧は拙なるがごとし
大巧は拙なるがごとし:(45章)「本当に巧妙なものは稚拙に見える」

この言葉の前に「本当にまっすぐなものは曲がってみえる」とあり、この言葉のすぐ後ろには「本当の雄弁は口下手に聞こえる」とあります。

 

足るを知る
足るを知る:(46章)「足るを知るとは、今の現実に満足することである」

この言葉の前に、「災いは足るを知らないから起こる。罪悪は欲望によって起こる」とあります。現状に満足するなら災いや罪悪は起こらないと老子は言っています。

 

千里の行は足下より始まる
千里の行は足下より始まる:(64章)「千里にもなる長旅も最初の一歩を踏み出して始まる」

この後に「普通の人間はもうすぐ完成するというところで失敗する。最初の慎重さを忘れてしまうからだ」とあります。

 

天網恢恢祖にして漏らさず
天網恢恢祖にして漏らさず:(73章)「天の網目は粗いが何ひとつ漏らさない」

今この言葉は「悪人は必ずつかまり報いを受ける」という意味で使われていますが、この『老子』の中の意味は「自然の法則は隅々にまで行き渡っている」ということです。

 

柔よく剛を制す
柔よく剛を制す:(78章)「柔は剛を制する」

この章の最初に「天下に水より柔弱なものはないが、しかも堅く強い者に打ち勝つのに水よりまさるものはない」とあります。弱く柔軟なものは堅く強いものに勝つ、という意味です。