教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

新自由主義と公教育④

私は、公教育の使命はとりわけしんどい立場にある子どもを適切に支えることだと信じて教育活動をしてきました。

 

しかし、現実にはしんどい立場にある子どもが学力低位に置かれる実態が存在しました。その顕著なものが、被差別部落の子どもたちの低学力傾向でした。私が経験した学力向上の取り組みも、被差別部落の子どもたちの低学力傾向克服の一環として位置づけられたものでした。

 

1980年代後半から90年代に数多く行われた実践において、大阪の大学研究者が多くの示唆と教訓をのこしています。

そして、その示唆と教訓が、ペアレントクラシーが進行するなかにおける公教育の「処方箋」になると私は感じています。

 

効果のある学校

1990年代前半、若き日の鍋島祥郎さんを通して「効果のある学校」論にであいました。

「効果のある学校」というのは、社会経済的な状況や家庭環境に左右されずに子どもに学力をつけている学校です。

 

『部落解放研究 No.195』(2012.7)に、志水宏吉さんの「子どもたちの学力水準を下支えしている学校の特徴に関する調査研究」という文章があります。(以下の引用部分はすべて同論文の一部です)

 アメリカでは、1960年代後半から70年代前半にかけて、コールマンレポート(1966)やジェンクスの『不平等』(1972)という報告・著作が発表され、「学校無力論」の議論が高まった。学力向上のために学校はがんばってはいるが、社会経済的な状況、家庭の影響の方が大きくて、学校の力は小さいという主張が強まった。しかし教育学者のなかに、「学校の力はあるのではないか」ということで勃興してきたのが「効果のある学校」研究であった。

部落差別の結果としての経済的低位が子どもの学力保障を阻害し、その結果としての就労・収入の不安定さが次代の子どもの学力保障を阻害するーーこうした「負の連鎖」をいかに断ち切り、子どもたちに確かな学力をつけることができるかというのが、学力向上の取り組みの課題でした。

「差別の結果として……」と強調すれば、コールマンレポートのいう「学校無力論」に陥りがちです。

「親の学力や社会的地位や経済力に左右されることなく子どもに力を付けている学校」というフレーズは、とても刺激的でした。

 

その(引用者注:「効果のある学校」研究の)代表格であるエドモンズ(1986)は、ニューヨーク州の数百の小学校の調査結果を分析し、黒人の子どもたちの学力水準を白人に近づけている、あるいは同等にしている学校を見いだして、そこに調査に入り、それらの学校に共通する特徴として以下の5点を導き出した。
 まず、欧米の学校なので、「校長のリーダーシップ」が一番大事な項目としてピックアップされている。日本も、新自由主義の高まりとともに、校長のリーダーシップ、トップダウンで学校が動くようにという志向性が強まっているが、欧米では元々そうであった。しかし、それだけではなくて、2番目に「教員集団の意志一致」が大事であることも同時に指摘されている。3番目に「安全で静かな学習環境」の重要性が指摘されている。4番目に「公平で積極的な教員の姿勢」が言われている。これは当たり前のことのように思われるかもしれないが、当時の教育社会学の研究では、教員が黒人に対しいかに不平等でネガティブであるかが指摘されていた。例えば、黒人の子どもに、アメリカの白人教員はほとんど期待しないという事実があった。しかし効果のある学校では、公平に子どもを扱い、すべての子どもに積極的に働きかけることができている。5番目は「学力測定とのその活用」で、子どもたちの学力の状況をしっかり把握して対応していくという点である。

 

「効果のある学校」の共通点

1 校長のリーダーシップ

2 教員集団の意志一致 

3 安全で静かな学習環境

4 公平で積極的な教員の姿勢

5 学力測定とのその活用

 

一番大事な項目として「校長のリーダーシップ」が挙げられています。アメリカの校長は人事権も持っていますから、日本とは事情が違います。校長のトップダウンというのも職場の空気に合いません。そんなこともあって、刺激は受けたもののその当時は消化不良に終わった気がします。

 

「効果のある学校」のその後です。

 

 その後、「効果のある学校」研究は積み重ねられていき、イギリスの研究者(White &Barber, 1997)が20年間の効果のある学校研究を総合してリストをつくった。欧米版効果のある学校の決定版のようなものである。いろいろ指摘されてきた要因が11項目にまとめられている。エドモンズと重複する項目もあるが、新しい項目もある。
 ここでも、1番目に「校長のリーダーシップ」が挙げられている。2番目は「ビジョンと目標の共有」。3番~6番、8番(「学習を促進する環境」「学習と教授への専心」「目的意識に富んだ教え方」「子どもたちへの高い期待」、「学習の進歩のモニタリング」)ぐらいまでは、ほぼ学習指導、教科指導の関連になっている。欧米の効果のある学校は、効果のある授業ができている学校であると、ほぼ言ってよい。7番や9番(「動機づけにつながる積極的評価」、「生徒の権利と責任の尊重」)は、生徒指導の領域である。まず学習指導があって、生徒指導がきているということに注目してほしい。10、11番(「家庭との良好な関係づくり」「学び続ける組織」)は下のほうに位置づけられている。私の推測では、元々アメリカやイギリスの学校には、これらの伝統がなく、学校のなか、授業のなかだけで勝負をするのが基本だった。しかし1980年代以降、日本の学校に、家庭訪問の習慣や校内研修を学んだりしたという経緯があり、比較的最近になって強調された項目が、10、11番ではないかと思う。

 

White &Barberによる「効果のある学校」の11要因

1 校長のリーダーシップ

2 ビジョンと目標の共有

3 学習を促進する環境

4 学習と教授への専心

5 目的意識に富んだ教え方

6 子どもたちへの高い期待

7 動機づけにつながる積極的評価

8 学習の進歩のモニタリング

9 生徒の権利と責任の尊重

10 家庭との良好な関係づくり

11 学び続ける組織

 

こうした欧米の研究成果を日本の学力向上の取り組みにどう取り入れていったのか。次回に続きます。