教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

新自由主義と公教育⑤

続・「効果のある学校」

 

欧米の「効果のある学校」の研究成果を、日本の学力向上の取り組みにどう取り入れていったのでしょうか。

 

今回の引用部分も、『部落解放研究 No.195』(2012.7)所収、志水宏吉さんの「子どもたちの学力水準を下支えしている学校の特徴に関する調査研究」です。

 

私(引用者注:清水宏吉)は、2002年に大阪に戻ってきて、2003年、2004年と日本の「効果のある学校」に関する共同研究をおこなった。50校ぐらいの学校に調査協力してもらい、分析をして効果のある学校を見つけた。その際の「効果のある学校」とは、塾に行ってない子どもたち、あるいは文化階層下位―文化的、教育的に恵まれていないと思われる―の子どもたちの学力テストで設定した点数の通過率を押し上げている学校である。そうした学校7~8校を対象として訪問調査をおこない、日本の「効果のある学校」の特徴をまとめた。今から思うと、大阪の「効果のある学校」であったと感じる。そして「しんどい子に学力をつける7つの法則」を提起した。
 1番目は、「子どもを荒れさせない」。大阪の学校づくりで最初のポイントは、子どもが荒れたら学力保障どころではないので1番目にもってきた。2番目が「子どもをエンパワーする集団づくり」。1~2番とも生徒指導の領域である。子どもと教員がしっかりと関係をつくり絆で結ばれる、そのうえで、子どもたちをつないでいくということが、学校づくりの一番の基盤であると考えて、1番~2番においた。
 3番~4番は教職員の問題であり、「チーム力を大切にする学校運営」「実践志向の積極的な学校文化」である。
 5番は「地域と連携する学校づくり」、6番は「基礎学力定着のためのシステム」
 そして、やはり日本の学校にもリーダーやリーダーシップが要るということで、「リーダーとリーダーシップの存在」を最後にあえてもってきた。ここでいうリーダーは多様でありうるし、リーダーシップのふるい方もトップダウンだけではなくて、いろいろあるということを示した。

 

「しんどい子に学力をつける7つの法則」

1 子どもを荒れさせない 

2 子どもをエンパワーする集団づくり

3 チーム力を大切にする学校運営 

4 実践志向の積極的な学校文化

5 地域と連携する学校づくり

6 実践志向の積極的な学校文化

7 リーダーとリーダーシップの存在

日本版「効果のある学校」とも言える「7つの法則」は、私の肌感覚にしっくり馴染みます。

 

その後、志水さんの「7つの法則」は、「力のある学校」へと発展します。

 

力のある学校

 

 この次に、「スクールバスモデル」(図)というものがある。全国学力テストの1年前(2006年)に、大阪府内の学力実態調査(悉皆)があり、その分析に関わった際に、大阪府教育委員会と相談して「効果のある学校」研究を深めていくこととなった。成果をあげている学校10校(小学校5校、中学校5校)を選定して、翌年2007年に訪問調査を繰り返して、その年度末にまとめたものが、「スクールバスモデル」である。ここでは、先ほど提示した「しんどい子に学力をつける7つの法則」を、ブラッシュアップして、より体系化することをめざした。この結果の概要については、大阪府教育委員会によって、『学校改善のためのガイドライン』として各学校に配布された。われわれ研究者の研究的関心と、委員会の実践的関心を合致させて作ったもので、理屈だけではなくて、選定された10校の実践をまとめあげたものである。

 そこで成果の要因として出てきたものが、8項目であった。教員が子どもたちを目的地に連れて行くバスであるというイメージでまとめてみた。2項目ずつペアにして、4つの部分に当てはめている。
 第1の部分が、「エンジン」と「ハンドル(アクセル・ブレーキ)」である。私たちが大事と感じるのがエンジンに相当する部分で、「気持ちのそろった教職員集団」である。すべての子どもの学力を保障する学校をつくる一番の肝は、大人としての教職員の気持ちがそろうことであると思った。それは、われわれが訪問した学校が、いずれもそういう学校であったからである。教職員のベクトルがそろっている学校は、ひじょうにすばらしい成果を上げているということがわかった。2番目は、「戦略的で柔軟な学校経営」ということで、リーダー、ミドルリーダーのハンドルさばきであったり、ブレーキングということである。
 そして第2の部分は、2つの前輪で、1つは教育指導になる。即ち、3番目が「豊かなつながりを生み出す生徒指導」で、これは「しんどい子に学力をつける7つの法則」の1番、2番に相当する項目である。4番目は「すべての子どもの学びを支える学習指導」である。これは、7つの法則の6番の項目(「基礎学力定着のためのシステム」)に加えて、「多様な学びを促進する授業づくり」という新規項目をサブカテゴリーに付け加えた。7つの法則では、授業づくりの工夫については言及していなかったが、改めて授業づくりや授業改善が必要だと考え補強した。これが学校を駆動させる大事な前輪となる。
 第3の部分は、2つの後輪で、外部連携のタイヤと位置づけた。5番「ともに育つ地域・校種間連携」、6番「双方向的な家庭とのかかわり」である。これらは、欧米の議論ではあまり強調されない部分だが、大阪ではつとに強調されていた。特に条件が厳しい場合には、これらの要素がなければ、学校が成果を上げることはむずかしい。自動車でいうと、前輪駆動だけではなく、四輪駆動で地面をしっかりとグリップして走っていかないと無理だというニュアンスを出すために、後輪に持ってきた次第である。
 最後の第4の部分は、バスのインテリア(内装)、ボディ(外観)である。7番「安心して学べる学校環境」は、7つの法則ではまったくふれていない部分であるが、欧米では強調されている部分であり、われわれも学校環境の大切さということを訪問調査のなかで感じた。居心地のよい学校づくりとか、子どもの学習を刺激するような展示・掲示など、いろいろな要素が含まれる。8番「前向きで活動的な学校文化」は、外に向かってアピールできる部分である。部活が強いとか、行事がすばらしいとか、人権教育を大事にしているとか、見えるものと見えないものとがある。学校のシンボルであったり、学校のアイデンティティの基盤であったり、その学校独自の持っているものということである。

 こういう要素を兼ね備えた学校をつくってほしいということが、この「スクールバスモデル」のメッセージである。このような全面的、総合的な学校づくりの努力なくして、すべての子どもの学力を支えることは無理であるというのが、われわれの結論である。

 

「スクールバスモデル」

第1の部分 「エンジン」と「ハンドル(アクセル・ブレーキ)」

①気持ちのそろった教職員集団

・チーム力を引き出すリーダーシップ

・信頼感にもとづくチームワーク

・学び合い育ち合う同僚性

②戦略的で柔軟な学校経営

・ビジョンと目標の共有

・柔軟で機動性に富んだ組織力

第2の部分 2つの前輪

③豊かなつながりを生み出す生徒指導

・一致した方針のもとできめ細かな指導

・子どもをエンパワーする集団づくり

④すべての子どもの学びを支える学習指導

・多様な学びを促進する授業づくり

・基礎学力定着のためのシステム

第3の部分 2つの後輪〈外部連携〉

⑤ともに育つ地域・校種間連携

・多彩な資源を生かした地域連携

・明確な目的をもった校種間連携

⑥双方向的な家庭とのかかわり

・家庭とのパートナーシップの推進

・学習習慣の形成を促す働きかけ

第4の部分 バスのインテリア(内装)、ボディ(外観)

⑦安心して学べる学校環境

・安全で規律ある雰囲気

・学ぶ意欲を引き出す学習環境

⑧前向きで活動的な学校文化

・誇りと責任感にねざす学校風土

・可能性をのばす幅広い教育活動

(各項目の詳細に解説は、清水宏吉『公立学校の底力』の巻末を参照のこと)

 

「力のある学校」とは、英語に置き換えるなら「empoweriig school」となり、「子どもたちをエンパワーする学校」のことを言います。(清水宏吉『学力を育てる』2005年)

そして、「力のある学校」の具体像が、「スクールバスモデル」ということになります。(清水宏吉『公立学校の底力』2008年)

『学力を育てる』では学力の捉え方と育て方が論じられ、『公立学校の底力』では公立12校が「力のある学校」の具体として紹介されています。

 

なお、志水さんのその後の著書には『「つながり格差」が学力格差を生む』(2014年)、『学力格差を克服する』(2020年)、『二極化する学校——公立校の「格差」に向き合う』(2021年)などの関連書があります。(『ペアレントクラシー』につながる著作となりますが、私は未読です)

 

ここまで、「効果のある学校」・「力のある学校」について紹介してきました。

その出発点は、親の学歴や収入などに左右されずに子どもに力をつけるという課題意識にありました。

1990年代のそれは、同和地区児童の低学力傾向克服が主題でした。そのときの課題意識と、ペアレントクラシーが進行する現今の課題は多くの共通点を有しています。

もちろん、ペアレントクラシーの問題には、社会のあり方など大きな課題はあります。しかし、学校現場の課題に限っていえば、公教育のなすべきは「力のある学校」を具体化する営みだと、私は考えます。

 

教育のあり方は、決して1つではありません。

しかし、教員に限らず子どもの学びに心を寄せる人たちの間で、せめて教育の現在地が共有できればと願います。

                                   (了)