教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

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「障害者権利条約」と「インクルーシブ教育」①

「障害者権利条約」について国連が勧告

 

「障害者権利条約」について、国連の委員会が日本の取り組み状況を初めて審査し、勧告を公表しました。(2022年9月9日)

強制入院や分離教育など禁止勧告 国連が日本の障害者差別巡り初審査
 障害に基づくあらゆる差別の禁止などを定めた「障害者権利条約」について、国連の委員会が日本の取り組み状況を初めて審査し、9日に勧告を公表した。障害者の強制入院や、分離された特別な教育をやめるよう要請する内容などが盛り込まれた。審査の過程では、政府の対策が不十分とされる様々な課題が明らかとなり、障害者らから改善を急ぐよう求める声が相次いでいる。

 勧告では、精神科病院での無期限の入院の禁止や、施設から地域生活への移行を目指す法的な枠組みづくり、障害のある子とない子がともに学ぶ「インクルーシブ教育」の確立のためにすべての障害のある生徒が個別支援を受けられるよう計画を立てるといった対応の必要性が指摘された。

 また、障害者の強制入院を「差別」とし、自由の剝奪(はくだつ)を認めるすべての法的規定を廃止するよう要請。旧優生保護法下で不妊手術を強いられた被害者への謝罪や、申請期間を限らない救済なども盛り込まれた。

 障害者権利条約は2006年に国連で採択。08年に発効し、日本は14年に批准した。今年8月下旬にはスイス・ジュネーブで初の対面での審査を実施。18人からなる国連の障害者権利委員会の委員が日本政府の代表団に質問し、そのやりとりを踏まえた上で9月に入って勧告が提示された。勧告に法的な拘束力はないが、政府は対策を講じるよう求められている。

                    「朝日新聞デジタル」2022.9.13

 

本稿では、教育に関する部分を取り上げます。

 

まず、「障害者権利条約」の教育に関する条文です。

第二十四条 教育
1 締約国は、教育についての障害者の権利を認める。締約国は、この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現するため、障害者を包容するあらゆる段階の教育制度及び生涯学習を確保する。当該教育制度及び生涯学習は、次のことを目的とする。
(a) 人間の潜在能力並びに尊厳及び自己の価値についての意識を十分に発達させ、並びに人権、基本的自由及び人間の多様性の尊重を強化すること。
(b) 障害者が、その人格、才能及び創造力並びに精神的及び身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させること。
(c) 障害者が自由な社会に効果的に参加することを可能とすること。
2 締約国は、1の権利の実現に当たり、次のことを確保する。
(a) 障害者が障害に基づいて一般的な教育制度から排除されないこと及び障害のある児童が障害に基づいて無償のかつ義務的な初等教育から又は中等教育から排除されないこと。
(b) 障害者が、他の者との平等を基礎として、自己の生活する地域社会において、障害者を包容し、質が高く、かつ、無償の初等教育を享受することができること及び中等教育を享受することができること。
(c) 個人に必要とされる合理的配慮が提供されること。
(d) 障害者が、その効果的な教育を容易にするために必要な支援を一般的な教育制度の下で受けること。
(e) 学問的及び社会的な発達を最大にする環境において、完全な包容という目標に合致する効果的で個別化された支援措置がとられること。
3 締約国は、障害者が教育に完全かつ平等に参加し、及び地域社会の構成員として完全かつ平等に参加することを容易にするため、障害者が生活する上での技能及び社会的な発達のための技能を習得することを可能とする。このため、締約国は、次のことを含む適当な措置をとる。
(a) 点字、代替的な文字、意思疎通の補助的及び代替的な形態、手段及び様式並びに定位及び移動のための技能の習得並びに障害者相互による支援及び助言を容易にすること。
(b) 手話の習得及び聾社会の言語的な同一性の促進を容易にすること。
(c) 盲人、聾者又は盲聾者(特に盲人、聾者又は盲聾者である児童)の教育が、その個人にとって最も適当な言語並びに意思疎通の形態及び手段で、かつ、学問的及び社会的な発達を最大にする環境において行われることを確保すること。
4 締約国は、1の権利の実現の確保を助長することを目的として、手話又は点字について能力を有する教員(障害のある教員を含む。)を雇用し、並びに教育に従事する専門家及び職員(教育のいずれの段階において従事するかを問わない。)に対する研修を行うための適当な措置をとる。この研修には、障害についての意識の向上を組み入れ、また、適当な意思疎通の補助的及び代替的な形態、手段及び様式の使用並びに障害者を支援するための教育技法及び教材の使用を組み入れるものとする。
5 締約国は、障害者が、差別なしに、かつ、他の者との平等を基礎として、一般的な高等教育、職業訓練、成人教育及び生涯学習を享受することができることを確保する。このため、締約国は、合理的配慮が障害者に提供されることを確保する。

条約が求めているのはインクルーシブな社会の実現であり、インクルーシブ教育の実現です。

 

障害者権利条約は2006年に国連で採択され、08年に発効しました。日本は2014年1月に批准しました。

批准から2年以内に国連の障害者権利委員会に政府報告を提出しなければなりません。日本は、2016年5月になって「第1回政府報告」を提出しました。

 

政府報告を受けて、国連の障害者権利委員会による締約国審査(「建設的対話」といいます)が行われます。そのための準備として、「事前質問」と「質問への回答」があります。

2019年10月29日、国連から「第1回政府報告に関する障害者権利委員会からの事前質問」が示されます。

コロナ禍により審査が先延ばしされ、2022年8月22、23日に行われることになりました。それに合わせて、5月31日に「第1回政府報告に関する障害者権利委員会からの事前質問への回答」が提出されています。

 

審査はこの「質問」と「回答」をもとに行われ、「建設的対話」を経てなお残った問題点をまとめたものが、9月9日の「勧告」です。

 

「第1回政府報告」「第1回政府報告に関する障害者権利委員会からの事前質問」「第1回政府報告に関する障害者権利委員会からの事前質問への回答」については、次回に触れます。

今回は、「勧告」の内容を紹介します。

なお、原文は英文で、政府による日本語訳がまだ確定していません。Microsoftの翻訳機能による日本語訳とともに、原文をあわせて掲載します。

 

日本の初回報告に関する所見のまとめ

教育(第24条)
51.委員会は、次の事項について懸念する。     
(a)医学的評価を通じて、障害児の分離された特殊教育を永続させ、障害児、特に知的障害または心理社会的障害のある子どもおよびより集中的な支援を必要とする子どもにとって、通常の環境での教育を利用できないようにすること、ならびに通常の学校における特別支援教育クラスの存在。    
(b)障害児を正規の学校に入学させる準備ができていないと認識され、事実に即したため、障害児を通常の学校に入学させることを否定し、2022年に発行された閣僚通知により、特別クラスの生徒は学校時間の半分以上を通常の授業に費やすべきではない。    
(c)障害のある学生に対する合理的配慮の不十分な提供。    
(d)正規の教育教師のインクルーシブ教育に対するスキルの欠如と否定的な態度。
(e)ろう児のための手話教育、盲ろう児のためのインクルーシブ教育を含む、通常の学校における代替的かつ拡張的なコミュニケーションおよび情報方法の欠如。    
(f)大学入試や学習プロセスを含む高等教育における障害のある学生のための障壁に対処する、国家の包括的な政策の欠如。    
52.    委員会は、インクルーシブ教育の権利及び持続可能な開発目標4、目標4.5及び指標4(a)に関する一般コメント第4号(2016年)を想起し、締約国に対し、次のことを要請する。
(a)分離された特殊教育の停止を目的として、教育、法律及び行政上の取極めに関する国の政策の範囲内で、障害児のインクルーシブ教育を受ける権利を認識し、かつ、障害のあるすべての生徒が、あらゆる教育レベルにおいて必要な合理的配慮及び個別化された支援を提供されることを確保するため、特定の目標、時間枠及び十分な予算を伴って、質の高いインクルーシブ教育に関する国家行動計画を採択すること。    
(b)すべての障害児が正規の学校にアクセスできることを確保し、正規の学校が障害のある生徒の正規の学校を拒否することを許可されないことを確保するための「拒絶されない」条項および方針を制定し、特別クラスに関する閣僚通知を撤回すること。    
(c)すべての障害児が、個々の教育要件を満たし、かつ、インクルーシブ教育を確保するための合理的配慮を保障すること。    
(d)インクルーシブ教育に関する正規の教育教員及び非教育職員の訓練を確保し、障害の人権モデルに関する意識を高めること。
(e)点字、イージーリード、ろう児のための手話教育、インクルーシブ教育環境におけるろう文化の促進、盲ろう児のためのインクルーシブ教育へのアクセスを含む、通常の教育環境における拡張的および代替的なコミュニケーションモードおよびコミュニケーション方法の使用を保証すること。    
(f)大学入試や学習プロセスを含む高等教育における障害のある学生のための障壁に対処する国家包括的な政策を策定する。

 

Concluding observations on the initial report of Japan

Education (art. 24)
51.    The Committee is concerned about the: 
(a)    Perpetuation of segregated special education of children with disabilities, through medical-based assessments, making education in regular environments inaccessible for children with disabilities, especially for children with intellectual or psychosocial disabilities and those who require more intensive support, as well as the existence of special needs education classes in regular schools; 
(b)    Denials to admit children with disabilities to regular schools due to its perceived and factual unpreparedness to admit them, and the ministerial notification issued in 2022 by which students in special classes should not spend their time in regular classes for more than half of their school time; 
(c)    Insufficient provision of reasonable accommodation for students with disabilities; 
(d)    Lack of skills of and negative attitudes on inclusive education of regular education teachers;
(e)    Lack of alternative and augmentative modes and methods of communication and information in regular schools, including sign language education for deaf children, and inclusive education for deafblind children;
(f)    Lack of national comprehensive policy, addressing barriers for students with disabilities at higher education, including university entrance exams and the study process.
52.    Recalling its general comment No. 4 (2016) on the right to inclusive education and the Sustainable Development Goal 4, target 4.5 and indicator 4 (a), the Committee urges that the State party: 
(a)    Recognize the right of children with disabilities to inclusive education within its national policy on education, legislation and administrative arrangement with the aim to cease segregated special education, and adopt a national action plan on quality inclusive education, with specific targets, time frames and sufficient budget, to ensure that all students with disabilities are provided with reasonable accommodation and the individualized support they need at all levels of education;
(b)    Ensure accessibility to regular schools for all children with disabilities, and put in place a "non-rejection" clause and policy to ensure that regular schools are not allowed to deny regular school for students with disabilities, and withdraw the ministerial notification related to special classes;
(c)    Guarantee reasonable accommodations for all children with disabilities for meeting their individual educational requirements and ensuring inclusive education;
(d)    Ensure training of regular education teachers and non-teaching education personnel on inclusive education and raise their awareness on the human right model of disability;
(e)    Guarantee the use of augmentative and alternative modes and methods of communication in regular settings of education, including Braille, Easy Read, sign language education for deaf children, promote the deaf culture in inclusive educational environments, and access to inclusive education for deafblind children;
(f)    Develop a national comprehensive policy, addressing barriers for students with disabilities at higher education, including university entrance exams and the study process.

 

                                (つづく)