教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

「障害者権利条約」と「インクルーシブ教育」⑤

特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について」

 

今回は、障害者権利委員会が示した「懸念」および「要請」の(b)についてです。

日本の初回報告に関する所見のまとめ

教育(第24条)
51.委員会は、次の事項について懸念する。     
   

(b)障害児を正規の学校に入学させる準備ができていないと認識され、事実に即したため、障害児を通常の学校に入学させることを否定し、2022年に発行された閣僚通知により、特別クラスの生徒は学校時間の半分以上を通常の授業に費やすべきではない。    
   

52.    委員会は、インクルーシブ教育の権利及び持続可能な開発目標4、目標4.5及び指標4(a)に関する一般コメント第4号(2016年)を想起し、締約国に対し、次のことを要請する。
   

(b)すべての障害児が正規の学校にアクセスできることを確保し正規の学校が障害のある生徒の正規の学校を拒否することを許可されないことを確保するための「拒絶されない」条項および方針を制定し、特別クラスに関する閣僚通知を撤回すること。  

 

日本語訳中の「正規の学校」は「普通学校」を、「特別クラス」は「特別支援学級」を指します。

 

 

2022年に発行された閣僚通知」というのは、2022年4月27日付けで文科省から出された特別支援学級及び通級による指導の適切な運用についてを指します。

障害者権利委員会が問題にしているのは、次の部分です。

〇 交流及び共同学習を実施するに当たっては、特別支援学級に在籍している児童生
徒が、通常の学級で各教科等の授業内容が分かり学習活動に参加している実感・達
成感をもちながら、充実した時間を過ごしていることが重要である。このため、「平成29 年義務標準法の改正に伴い創設されたいわゆる『通級による指導』及び『日本語指導』に係る基礎定数の算定に係る留意事項について」(令和2年4月17日付事務連絡)にある通り、障害のある児童生徒が、必要な指導体制を整えないまま、交流及び共同学習として通常の学級で指導を受けることが継続するような状況は、実質的には、通常の学級に在籍して通級による指導を受ける状況と変わらず、不適切であること。
〇 また、「障害のある子供の教育支援の手引」にあるように、特別支援学級に在籍している児童生徒が、大半の時間を交流及び共同学習として通常の学級で学んでいる場
合には、学びの場の変更を検討するべきであること。言い換えれば、特別支援学級
在籍している児童生徒については、原則として週の授業時数の半分以上を目安として
特別支援学級において児童生徒の一人一人の障害の状態や特性及び心身の発達の段階等に応じた授業を行うこと。

 

特別支援学級に在籍しながら大半の時間を普通学級で過ごしている子どもが相当いるというのは、「不適切」である。ーーというのが、文科省の現状認識です。

そのうえで、「不適切」な状態を解消するための選択肢を2つ示します。

大半の時間を通常の学級で学んでいる場合には、学びの場の変更を検討するべきである → つまり、普通学級に転籍すべきだということです。

特別支援学級在籍している児童生徒については、原則として週の授業時数の半分以上を目安として特別支援学級において授業を行うこと。 → 障害者権利委員会が「懸念」を示した「特別クラスの生徒は学校時間の半分以上を通常の授業に費やす…」というのはこの部分です。

 

障害者権利委員会はこの「通知」の撤回を求めました。

それに対して、9月13日に岡桂子文部科学大臣が記者会見を開き、撤回要請の拒否を表明しています。

文部科学省HPより引用します。

永岡桂子文部科学大臣記者会見録(令和4年9月13日)

永岡桂子文部科学大臣記者会見テキスト版

記者)
 先週、国連の障害者権利委員会が日本に関する報告書を発表しまして、日本の特別支援教育が障害児を分ける分離教育だというふうに捉えた上で、この教育体制を見直すように強く要請をしました。十分な予算の確保も含めてインクルーシブ教育について捉えなおしていくようにということが盛り込まれていましたが、この報告書を受けて、永岡大臣の受け止めや今後の文科省としての対応を教えてください。また、報告書の中に、2022年4月に文科省が出した特別支援教育に関する通知を撤回するようにという要請も盛り込まれていました。この通知を出された趣旨を改めて教えていただきたいというのと、この報告書に盛り込まれている撤回という要請を受けてどのように対応されていくかというのを教えていただければと思います。

大臣)
 8月22日から23日に、スイスのジュネーブにおきまして、障害者権利条約の対日審査が行われました。文部科学省も、政府代表団の一員として審査に対応をいたしました。この審査を受けまして、9月9日になります、障害者権利委員会の総括所見が公表されまして、障害のある子供の教育につきましては、個々の教育上の要請を充たす合理的配慮の保障、そしてもう一つ、インクルーシブ教育に関する研修の確実な実施などが勧告されました。文部科学省では、これまでもですね、障害のある子供と障害のない子供が可能な限り共に過ごせるように、通級によります指導の担当教員の基礎定数化ですとか、また、通常級に在籍いたします障害のある子供のサポートなどを行います「特別支援教育支援員」に対します財政支援や、また、法令上の位置付けなどに取り組んでまいりました。引き続きまして、勧告の趣旨を踏まえまして、インクルーシブ教育システムの推進に向けた取組を進めていきたいと考えているところでございます。あとは、やはり、障害者権利条約に規定されておりますインクルーシブ教育システムというのは、障害者の精神的、また、身体的な能力を可能な限り発達させるといった目的の下に障害者を包容する教育制度であると、そういう認識をしております。これまでの文部科学省では、このインクルーシブ教育システムの実現に向けまして、障害のある子供と障害のない子供が可能な限り共に過ごす条件整備と、それから、一人一人の教育的ニーズに応じた学びの場の整備、これらを両輪として取り組んでまいりました。特別支援学級への理解の深まりなどによりまして、特別支援学校ですとか特別支援学級に在籍するお子様が増えている中で、現在は多様な学びの場において行われます特別支援教育を中止することは考えてはおりませんが、引き続きまして、勧告の趣旨も踏まえて、通級によります指導の担当教員の、先ほどもお話し申し上げましたけれども、基礎定数化の着実な実施などを通しまして、インクルーシブ教育システムの推進に努めてまいる所存でございます。そうですね、通知の撤回がありました、お答えいたします。昨年度、文部科学省が、特別支援学級の在籍児童生徒の割合が高い自治体を対象に行いました実態調査におきまして、特別支援学級に在籍いたします児童生徒が、大半の時間を通常の学級、普通学級でございますが、通常の学級で学び特別支援学級において障害の状態等に応じた指導を十分に受けていない、また、個々の児童生徒の状況を踏まえずに、特別支援学級では自立活動に加えまして算数や国語の指導のみを行うといった不適切な事例が散見をされたところでございます。こうした実態も踏まえまして、ご指摘の通知は、特別支援学級で半分以上過ごす必要のない子供については、やはり、通常の学級に在籍を変更することを促すとともに、特別支援学級の在籍者の範囲を、そこでの授業が半分以上必要な子供に限ることをですね、目的としたものでございまして、むしろインクルーシブを推薦(注 「推薦」と発言しましたが、正しくは「推進」です。)するものでございます。勧告で撤回を求められたのは大変遺憾であると思っております。引き続きまして、通知の趣旨を正しく理解をしていただけるように、周知徹底に努めてまいりたいと思っております。以上です。

記者)
 通知についてもう1点、お伺いしたいんですけれども、文科省が通知を出された趣旨というのは今のご説明でよくわかったんですけれども、こうした通知が唐突に出たことで、現場ではかなり戸惑いの声も上がっていて。特に子供本人にどこで学んでもらうかというのを、保護者と教員が丁寧に議論をした上で決めたことが突然通知で変えなければいけないとなったときに、子供の学ぶ場をどのように変えていくかというところが、かなり混乱しているような地域もあるやに見えています。こうした通知が唐突に出たことで現場に戸惑いを与えていることであったり、子供の学びに影響をきたすかもしれないということについて、大臣はどのように考えておられるかというのを教えてください。

大臣)
 今お話し申し上げましたように、やはりある一定のご理解をしていただいていると、親御さんにも、それから学校の先生にもですね、考えております。しかしながら、この実態というのは、特別支援学級で半分以上過ごす必要のないお子さんについては、やはり通級の、普通の、通常の学級に在籍を変更することを促すとともに、やはり特別支援学級の在籍者の範囲を、そこでの授業が半分以上必要な子供に限ることを目的としたものでございますので、反対にですね、むしろインクルーシブを推進するものでございますので、勧告での撤回というのは大変遺憾であると申し上げましたけれども、やはりこの趣旨を、しっかりと教育委員会、それから親御さん、また、学校の方でもご理解をいただけるようにしてまいりたいと思っているところでございます。

 

永岡文科大臣の発言の核心はこうです。

「通知は、特別支援学級で半分以上過ごす必要のない子供については通常の学級に在籍を変更することを促すとともに、特別支援学級の在籍者の範囲を、そこでの授業が半分以上必要な子供に限ることを目的としたもので、むしろインクルーシブを推進するもの」であるから、勧告で撤回を求められたのは大変遺憾である」

 

「通知」は「インクルーシブ教育を推進するもの」だという摩訶不思議な主張は、世界のどれだけの人に理解されるでしょう。

 

障害者権利委員会の問題意識と日本政府の見解は「ねじれの位置」にあり、永遠に交わることはないでしょう。

もしも両者の認識が交わることがあるとすれば、それは100%日本政府の「変更」によって可能となります。

その「変更」には2通りあって、1つは「分ける教育」を完全にやめると宣言することで、もう1つはインクルーシブ教育なんか目指していないと居直り宣言することです。

 

次回、私見を述べてこの稿を終わりたいと思います。

                             (つづく)