岐阜市立草潤中学校は、「不登校特例校」の「成功例」の一つだと言えます。
そして、そこにはいくつもの「ヒント」があります。
教育ジャーナリストの中曽根陽子さんの記事です。(詳しくは前回の記事を参照)
「バーバパパのがっこう」生徒が自分で選べる公立中
アドバイザーのひとり、京都大学総合博物館の塩瀬隆之准教授は、「理想はバーバパパのがっこう」と言い、子供が学校に合わせるのではなく、子供主体の学校にしていく学校らしくない学校というコンセプトでした。
例えば、担任も生徒が選ぶ、個別担任制を採用。生徒の希望を聞きながら、担当の先生を決めていき、2カ月に1回見直しもできます。
環境も、生徒の居心地の良さを重視。
遅刻や欠席という言葉がない学校
この学校のもうひとつの特徴が、遅刻や欠席という言葉がないということ。代わりにあるのが、「ゆっくり登校」「自宅」という表現。授業は全て生配信され、学校に来て学ぶか、自宅で学ぶかを生徒が選ぶことができます。自宅から参加する生徒は、授業中にやりとりができるか、放課後に個別担任とオンラインで面談などができれば、出席扱いとなります。
大人の関わり方が変わることで、生徒が短期間に変化
初年度の卒業生は全員が高校に進学。登校率は、1年目が出席および出席扱い合わせて85.4%になりました。こう書くと登校を目指しているようですが、決してそうではなく、結果こうなったということです。
「ダメ出しをするのではなく、いいところを見つけて励ましてあげるうちに、子供たちは短期間で成長していきました」
前回の記事と重複しますが、やっぱりお金です。
施設設備にも教員配置にも、現状の公立校では考えられないほどのお金を掛けることが、不登校対策の前提です。
それでは現状で12校しかない公立「不登校特例校」を、1000校とか2000校に増やせば解決するのでしょうか。
たとえば「草潤中学校」が2000校あれば、在籍・通級支援・オンライン支援をあわせて18万人に学びの場を提供できる計算になります。が、それは机上の空論。財政的に不可能でしょう。
そもそも、そんな問題ではないと私は感じています。
文部科学省が1月31日に明らかにしたなかに、「不登校の対策として、国の「GIGAスクール構想」で子どもに1人1台配布されたデジタル端末を活用し、不登校の兆候をつかむ方針」というのがありました。「データに基づき、課題が顕在化する前に予防できるようにしたい」というのです。
さて、ここでいう「予防」とは、具体的にどんな手立てを言うのでしょう。そして、その「予防」は対症療法ではなく、不登校の抜本的問題に実効性のあるものなのでしょうか。
私は懐疑的です。
「ハインリッヒの法則」(一般には「ヒヤリハットの法則」とも呼ばれています)というのがあります。
「ハインリッヒの法則」とは、労働災害の分野でよく知られている、事故の発生についての経験則です。1件の重大事故の背後には、重大事故に至らなかった29件の軽微な事故が隠れており、さらにその背後には事故寸前だった300件の異常、いわゆるヒヤリハット(ヒヤリとしたりハッとしたりする危険な状態)が隠れているというものです。
この法則にしたがえば、1人の「不登校」の背後には29人の「不登校傾向」があり、さらにその背後には300人の「不登校兆候」が隠れていることになります。
24万人の「不登校」には7200万人の「不登校兆候」があるとすると、全国の小中学校の児童・生徒数が900万人あまりですから、すべての子どもが完璧な「不登校兆候」にあることになってしまいます。
実際のところ、900万人のうち24万人が不登校というのは37.5人に1人の割合で、クラスの1人いるという感覚です。
不登校が学校教育への異議申し立てや拒否を意味しているとすれば、……。
不登校の要因はさまざまですが、仮に24万人のうちの3万人が「学校教育への異議申し立てや拒否」だとすると、それによる「不登校兆候」は全児童・生徒数と同数の900万人です。いまの学校は総スカンを食っているということになります。
つまり、学校のあり方が根本的に変わらなければ今の子どもたちには受け入れられないし、不登校問題はなくならないということです。
学校をどう変えるのか。
ヒントは、草潤中学校の教育にあります。
草潤中で行われている教育の相当部分は、お金を掛ければ一般化できるものです。当然、教員の意識改革と教育技術が伴わなければなりませんが…。
しかし、枝葉の一つ一つではなく、コンセプトは真似られるでしょうか。
「理想はバーバパパのがっこう」……子供が学校に合わせるのではなく、子供主体の学校にしていく学校らしくない学校
「バーバパパ」は、フランス語で「おじさんのひげ」という意味で、フランスの絵本作家アネット・チゾンとアメリカの絵本作家タラス・テイラー夫妻による絵本、およびそれらに登場するキャラクターです。
絵本『バーバパパのがっこう』(山下明生訳)は、勉強嫌いで学校も好きじゃない子どもたちに、バーバファミリーが子ども一人ひとりの好きなことや得意なことに合わせていろいろな学びを実現した理想的な学校をつくるお話です。
「バーバパパのがっこう」は「子供が学校に合わせるのではなく、子供主体の学校にしていく学校らしくない学校」を象徴するものです。
「バーバパパのがっこう」という象徴を具現化しようとすると、
・統一カリキュラムをなくす
・一斉授業をやめる
といったことがまず必要になります。
これは、現在の(というより明治以降の)学校教育の根幹に関わる問題です。
不登校が示している学校教育への異議申し立てや拒否の中身は、学校制度そのものなのです。
さて、「外野席」から俯瞰すれば以上のようなことになるのですが、文科省の不登校対策がこんな方向に向かうはずはありません。
願わくば、せめて諸施策の中に草潤中で取り組まれている「枝葉」が一つでも多く取り入れられますように。
そしてこい願わくば、新たな施策には必ず十分な人的配置を伴い、決して今いる先生たちに新たな任務として被せることのありませんように。
文部科学省は、「実効性ある対策」(永岡桂子文科相)を年度内にもとりまとめるそうです。
注目を。