教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

「頑張る」を科学する ①辞書的「頑張る」

前々から気になっていることがあります。

教育の場では(あるいは、子育ての場においても)、「頑張る」という言葉が多用されています。もはやそれは空気のような存在で、汎用性のある実に便利な言葉です。

しかし、それゆえに、「頑張る」という言葉を使うことできちんと伝えられていないこともあるのではないでしょうか。

そのあたりのモヤモヤを科学(深掘り)してみたいと思います。

 

「『頑張る』を科学する」は3回シリーズです。

① 辞書的「頑張る」

② 教育的「頑張る」

③ 評価的「頑張る」

 

 

「頑張る」を科学する ①辞書的「頑張る」

 

まず、明確にしておかなければならないことがあります。

「がんばる」は、漢字で「頑張る」と書きます。これは当て字です。したがって、漢字表記からは辞書的意味にたどり着きません。

 

「がんばる」の語源をたどってみましょう。

2つの説があります。

我に張る 我張る

我を張る、自分を押し通す

眼張

目をつける、見張る、一定の場所から動かない

 

2つの語源から発して、辞書には次のような意味が記されています。

広辞苑
①我意を張り通す。
②どこまでも忍耐して努力する。
③ある場所を占めて動かない

大辞林
①あることをなしとげようと、困難に耐えて努力する。
②自分意見を強く押し通す。我を張る。
③ある場所を占めて、動こうとしない。

新明解国語辞典
①外圧や困難に屈することなく,最後までやり信念を貫き通す。
②持てる力をフルに出して,努力する。
③ある場所を占拠して,絶対動かないという姿勢を見せる。

日本国語大辞典
①たしかめて覚えておく。目をつけておく。ねらう。
②目を大きく見開いて、物を見据える。
③見張りをする。
④頑強に座を占める。一所にじっと控えて動かないでいる。
⑤困難に屈せず、努力しつづける。忍耐してやりとおす。
⑥自説を強硬に主張する。また、頑固に意地を張る。我を張る。

 

教育や子育ての場において対象となるのは、「我に張る」に由来する「困難に耐えて努力する」です。

そのことに関して、川岸克己氏が「『がんばる』における新旧の意味要素」という論文の中で、次のように指摘しています。

 『新明解国語辞典』においては,新しい記述が見て取れる。同辞典は「がんばる」の意味を3つに分ける。


  ① 外圧や困難に屈することなく,最後までやり信念を貫き通す。
  ② 持てる力をフルに出して,努力する。
  ③ ある場所を占拠して,絶対動かないという姿勢を見せる。


 そのうち①はこれまでの辞書と同様の意味であるが,②の「持てる力をフルに出して」という記述は,他の記述とは明らかに異なる。さきの辞書は,「困難」や「忍耐」という,いわば「辛抱」することによって,目的を達成しようというのが「がんばる」の意味であると規定しているものと思われるが,『新明解』のそれは「辛抱」という消極的な意味合いはなく,もっと積極的な,いわば「挑戦」とも言うべき意味合いを感じさせる。これは「がんばる」の意味を記述するうえで重要である。(略) 

 その『新明解』の②の用例として挙げられているのは以下の文例である。

 

  ・日夜工事の完成に頑張る。
  ・合格を目指して勉強を頑張る。


 用例を見る限り,従前の用法との違いが判然としないが,「完成」や「合格」といった前向きな目標を明示しながら,意欲を持って行動するという点で,従来とは違うものが認められる。
 ともあれ,これらの一般的な理解の代表とみなすことのできるこれら『新明解』を除く複数の辞書の記述で重要なのは,これらの辞書には従来の「がんばる」の意味しか掲載されていないという点である。「がんばる」の使用の実際と,我々の「がんばる」に対する理解の現状の一端を窺わせる。
 しかしながら,従来の「がんばる」の意味だけではなく,新しい「がんばる」の意味に辞書として言及している点において『新明解』の記述は画期的である。

 

つまり、こんにち、教育や子育ての場で使われる「頑張る」には、

従来からの、「困難に耐えて努力する」と、

もっと積極的な、いわば「挑戦」とも言うべき「持てる力をフルに出して、努力する」

という2つの意味合いがあるということです。

 

参考になる論文を2つ紹介します。

播磨桂子 「がんばる」という言葉 一一語義・用法、価値の変化一一

川岸克己 「がんばる」における新旧の意味要素