教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

きょうは何の日 8月30日

マッカーサー進駐記念日

 

1945(昭和20)年8月30日、連合国日本占領軍最高司令官のダグラス・マッカーサー元帥(1880~1964年)が神奈川県の厚木海軍飛行場に到着しました。

 

 

じゃらん」のHPより引用します。

8月30日、今日は【マッカーサー進駐記念日】

今日は【マッカーサー進駐記念日】です。

由来は、1945(昭和20)年の今日、連合国日本占領軍最高司令官・ダグラス・マッカーサー元帥が厚木飛行場に到着したことから。サングラスにコーンパイプ姿をはじめて日本人の前に現した。


ダグラス・マッカーサー(Douglas MacArthur)とは、アメリカ陸軍の将軍(元帥)で、GHQ最高司令官であり、名誉勲章の受章者である。

1945(昭和20)年8月14日に日本は連合国に対しポツダム宣言の受諾を決定。戦争終結のための調印式が、9月2日に東京湾上の戦艦ミズーリ艦上で全権・重光葵(日本政府)、梅津美治郎(大本営)がイギリスやアメリカ、中華民国やオーストラリアなどの連合国代表を相手に行なわれ正式な降伏へ至った。直ちに日本はアメリカ軍やイギリス軍、中華民国軍やフランス軍を中心とする連合軍の占領下に入った。

マッカーサーは、降伏文書の調印に先立つ1945(昭和20)年8月30日に専用機「バターン号」で神奈川県の厚木海軍飛行場に到着した。厚木に降り立ったマッカーサーは、記者団に対して第一声を以下の様に答えた。

メルボルンから東京までは長い道のりだった。長い長い困難な道だった。しかしこれで万事終わったようだ。各地域における日本軍の降伏は予定通り進捗し、外郭地区においても戦闘はほとんど終熄し、日本軍は続々降伏している。この地区(関東)においては日本兵多数が武装を解かれ、それぞれ復員をみた。日本側は非常に誠意を以てことに当たっているやうで、報復は不必要な流血の惨を見ることなく無事完了するであらうことを期待する」 -朝日新聞(1945(昭和20)年8月31)


その後横浜の「ホテルニューグランド」に滞在し、降伏文書の調印式にアメリカ代表として立ち会った後東京に入り、以後連合国軍が接収した皇居前の第一生命ビル内の執務室で、1951(昭和26)年4月11日まで連合国軍最高司令官総司令部GHQ / SCAP)の総司令官として日本占領に当たった。