教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

体罰禁止のガイドラインに思う

親の体罰禁止をめぐって

 

親が子どもに体罰を加えることを禁じる改正児童虐待防止法が4月に施行されるのを前に、厚生労働省体罰の具体例などを示したガイドラインをまとめました。

 

ガイドラインに示された体罰の具体例

 

・ 口で3回注意したけど言うことを聞かないので 、 頬を 叩いた
・ 大切なものにいたずらをしたので、 長時間正座をさせた
・ 友達を 殴って ケガをさせたので、 同じように子どもを殴った
・ 他人のものを盗んだので、 罰としてお尻を叩いた
・ 宿題をしなかったので 、夕ご飯を与えなかった

  → これらは全て体罰 です 。


ただし、罰を与えること を目的としない、子どもを 保護するための行為(道に飛び出しそうな子どもの手を掴む等)や 、 第三者に被害を及ぼすような行為を制止する行為 他の子どもに暴力を振るうのを制止する等 は、体罰には該当しません。

 

また、体罰以外の 暴言 等の 子どもの 心 を傷つける行為として次の例示があります。

・ 冗談のつもりで、 「お前なんか生まれてこなければよかった」など、子どもの存在を否定するようなことを言った
・ やる気を出させるために、きょうだいを引き合い に してダメ出し や無
視をした
  → 子どもの 心 を傷つける行為です。

 

一方、民法には親の懲戒権についての規定があります。

 

民法第820条「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う」

民法第822条「親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる」

 

改正児童虐待防止法体罰禁止と民法第822条の懲戒権の矛盾は明らかであり、現在、この条文の削除を含めて検討中ということになっています。

向かうべき方向ははっきりしているのに、これがなかなか一筋縄ではいかないようです。改正児童虐待防止法と改正児童福祉法が国会で審議されていた昨年6月、主要新聞は「速やかに体罰禁止を」「体罰禁止は慎重に」と真逆の社説を掲げました。政治家レベルでも、市民レベルでも、比率はともかく意見が二分しているのが現実です。

 

二分している意見の分かれ目は、「しつけ」の評価にあります。

「速やかに体罰禁止を」と主張する人は、民法第822条の懲戒権は児童虐待の温床となるだけであり、しつけには第820条の規定で十分だと考えます。

片や、「体罰禁止は慎重に」と主張する人は、体罰が禁止されるとしつけができなくなると言います。

つまり、しつけのためには子どもに苦痛を与えるのもやむを得ないと考えるのか否かです。

 

今回の法改正の背景には、相次ぐ児童虐待事件があります。「事件」になった事案は、「子どもに苦痛を与える」程度が極度に大きいものです。それは体罰という氷山のほんの一角で、事件にならない「軽微」な体罰が夥しい数であるわけです。ガイドラインは、この夥しい数の「軽微」な体罰を禁止しています。

「軽微」な体罰(≒懲戒)の延長線上に重大な児童虐待事件があるという認識を持てるか、「叩いてでも言うことを聞かせる」子育てと決別できるか、一人ひとりの覚悟と本気度が問われています。

 

 

教師の体罰をめぐって

 

さて、体罰の話題になると、どうしても教師の体罰が気になります。

 

教師に体罰については、学校教育法に定めがあります。

 

第11条〔児童,生徒等の懲戒〕
校長及び教員は,教育上必要があると認めるときは,文部科学大臣が定めるところにより, 児童,生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし,体罰を加えることはできない。

 

学校教育法が制定されたのは1947年ですから、70年以上も前から教師の体罰は禁止されています。

また、教師が体罰を行った場合は、次の懲戒規定が適用されます。

 

地方公務員法29条(懲戒)

 

職員が次の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職または免職の処分をすることができる。

 二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠った場合

 

 

ところが、現実の学校では体罰が絶えていません。

なぜか。

それは、懲戒権が認められているからです。学校教育法の条文は、体罰禁止に先んじて懲戒権に触れています。法制定の時代が古いということもありますが、ここに伝統的な子育て観(教育観)をみることができると思います。

多くの体罰は、子どもが苦痛を感じていても、教育上の指導(つまり懲戒)として容認されてきたし、いまも容認されているのです。

 

 

学校教育法のいう教育上必要な懲戒と体罰に関して、公的には次のような見解が示されています。

 

児童懲戒権の限界について 法務庁法務調査意見長官回答

                      昭和23年12月22日

 

 学校教育法第11条にいう「体罰」とは、懲戒の内容が身体的性質のものである場合を意味する。すなわち
(1) 身体に対する侵害を内容とする懲戒-なぐる・けるの類-がこれに該当することはいうまでもないが、さらに
(2) 被罰者に肉体的苦痛を与えるような懲戒もまたこれに該当する。たとえば端坐・直立等、特定の姿勢を長時間にわたって保持させるというような懲戒は体罰の一種と解せられなければならない。

 

さらに文部科学省通知「体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について」(平成25年3月13日 文科初第1269号)では次のように具体例を提示しています。

 

学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰等に関する参考事例

(1)体罰(通常、体罰と判断されると考えられる行為)
  ○ 身体に対する侵害を内容とするもの
 ・ 体育の授業中、危険な行為をした児童の背中を足で踏みつける。
 ・ 帰りの会で足をぶらぶらさせて座り、前の席の児童に足を当てた児   童を、突き飛ばして転倒させる。
 ・ 授業態度について指導したが反抗的な言動をした複数の生徒らの頬を平手打ちする。
 ・ 立ち歩きの多い生徒を叱ったが聞かず、席につかないため、頬をつねって席につかせる。
 ・ 生徒指導に応じず、下校しようとしている生徒の腕を引いたところ、生徒が腕を振り払ったため、当該生徒の頭を平手で叩(たた)く。
 ・ 給食の時間、ふざけていた生徒に対し、口頭で注意したが聞かなかったため、持っていたボールペンを投げつけ、生徒に当てる。
 ・ 部活動顧問の指示に従わず、ユニフォームの片づけが不十分であったため、当該生徒の頬を殴打する。

 ○ 被罰者に肉体的苦痛を与えるようなもの
 ・ 放課後に児童を教室に残留させ、児童がトイレに行きたいと訴えたが、一切、室外に出ることを許さない。
 ・ 別室指導のため、給食の時間を含めて生徒を長く別室に留め置き、一切室外に出ることを許さない。
 ・ 宿題を忘れた児童に対して、教室の後方で正座で授業を受けるよう言い、児童が苦痛を訴えたが、そのままの姿勢を保持させた。


(2)認められる懲戒(通常、懲戒権の範囲内と判断されると考えられる行為)(ただし肉体的苦痛を伴わないものに限る。)
 ※ 学校教育法施行規則に定める退学・停学・訓告以外で認められると考えられるものの例 
  ・ 放課後等に教室に残留させる。
  ・ 授業中、教室内に起立させる。
  ・ 学習課題や清掃活動を課す。
  ・ 学校当番を多く割り当てる。
  ・ 立ち歩きの多い児童生徒を叱って席につかせる。
  ・ 練習に遅刻した生徒を試合に出さずに見学させる。

 

(3)正当な行為(通常、正当防衛、正当行為と判断されると考えられる行為)
 ○ 児童生徒から教員等に対する暴力行為に対して、教員等が防衛のためにやむを得ずした有形力の行使
 ・ 児童が教員の指導に反抗して教員の足を蹴ったため、児童の背後に回り、体をきつく押さえる。 
 ○ 他の児童生徒に被害を及ぼすような暴力行為に対して、これを制止したり、目前の危険を回避するためにやむを得ずした有形力の行使
 ・ 休み時間に廊下で、他の児童を押さえつけて殴るという行為に及んだ児童がいたため、この児童の両肩をつかんで引き離す。
 ・ 全校集会中に、大声を出して集会を妨げる行為があった生徒を冷静にさせ、別の場所で指導するため、別の場所に移るよう指導したが、なおも大声を出し続けて抵抗したため、生徒の腕を手で引っ張って移動させる。
 ・ 他の生徒をからかっていた生徒を指導しようとしたところ、当該生徒が教員に暴言を吐きつばを吐いて逃げ出そうとしたため、生徒が落ち着くまでの数分間、肩を両手でつかんで壁へ押しつけ、制止させる。
 ・ 試合中に相手チームの選手とトラブルになり、殴りかかろうとする生徒を、押さえつけて制止させる。
                                                                           
以上

 

 

実にこと細かに通知したものですが、裏を返せば教師の体罰問題が相当深刻になっていたということでしょう。

 

ところで、この通知には「認められる懲戒」というものがあります。

たとえば特定の子が、「認められる懲戒」を複数種類、繰り返し受けている場合はどうなるのでしょう。

 

先ほどの文部科学省通知「体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について」(平成25年3月13日 文科初第1269号)は、こう述べています。

 

2 懲戒と体罰の区別について
(1)教員等が児童生徒に対して行った懲戒行為が体罰に当たるかどうかは、当該児童生徒の年齢、健康、心身の発達状況、当該行為が行われた場所的及び時間的環境、懲戒の態様等の諸条件を総合的に考え、個々の事案ごとに判断する必要がある。この際、単に、懲戒行為をした教員等や、懲戒行為を受けた児童生徒・保護者の主観のみにより判断するのではなく、諸条件を客観的に考慮して判断すべきである。

 

つまり、「総合的に考え、個々の事案ごとに判断する」ということは、懲戒行為が体罰になることもあるのです。

「教育的指導」「愛のムチ」…いずれもそれを加える側の言葉です。親権者の「しつけ」という言葉も同様です。この便利な言葉が、学校教育法制定から70年経った今でも学校に体罰を残し、いままた保護者の体罰禁止に異議を唱える源になっています。

懲戒はセーフではなくて、懲戒は限りなく体罰に近いグレー、ときには体罰そのものと認識すべきです。