重大な人権侵害事件
6月22日の「ウッペツ川飛び込み」事案によって、問題が顕在化します。
当該女子中学生は2019年4月に北海道旭川市の旭川市立北星中学校に入学して間もなく、数人の中学生男女らにいじめられるようになった。
その中の他校の男子中学生に「裸の動画送って」「写真でもいい」「お願いお願い」といったLINEメッセージによる脅迫を受けた。被害者は恐怖を感じて自身のわいせつ画像を当該男子に送り、その画像が中学生のLINEグループなどに拡散され、後日呼び出されて自慰行為を強要されるなどいじめが激化した。
その後、被害者はいじめグループ10人近くに囲まれ、2019年6月22日にウッペツ川へ飛び込み、警察が出動した。
ここから信じがたい事態が続きます。
廣瀬爽彩さんは幸い救助され、病院に運ばれます。
いじめグループは警察に「母親の虐待が原因で飛び込み自殺未遂をした」と説明したため、警察は母親が被害者に付き添って病院へ行くことを拒んだ。しかし、「被害者は友達だ」と説明していたいじめグループから被害者宛てに心配するメッセージや着信が一切ないことを不審に思った警察は被害者のLINEを確認。残っていたトークや画像からいじめがあったことを認識し、旭川中央警察署少年課が捜査を開始した。また、母親による虐待がないことが判明したため入院中の被害者との面会を許可した。いじめグループは、自身のスマートフォンを初期化するなどして証拠隠滅を図ったが警察は復元し、わいせつ画像やわいせつ動画の証拠を入手。児童ポルノ禁止法違反(製造)で当時14歳未満だった他校の男子中学生の一人を触法少年扱いで厳重注意処分、その他のいじめグループメンバーを強要罪の疑いで調べたが、証拠不十分で厳重注意処分とした。
2019年6月22日と、その直後の学校の様子が分かりません。警察の対応だけが記述されています。(まさかと思いますが、学校外で起こった事案ということで特段なにもしなかったのかもしれません。)
当初、学校には「母親の虐待が原因で飛び込み自殺未遂をした」との情報がはいったはずです。
自殺未遂です。
学校にとって生徒の自殺(自殺未遂)という行為は、緊急事態です。
学校はなにをしたのでしょう。
その後、学校は上述のような事実を警察からの情報として知ることになります。
いじめがあったことを認識した旭川中央警察署少年課が捜査した結末は次のとおりです。
「わいせつ画像やわいせつ動画の送信強要」については、「児童ポルノ禁止法違反(製造)」で当時14歳未満のため触法少年扱いで厳重注意処分。
「ウッペツ川への飛び込み強要」については、「強要罪の疑い」で調べたが、「証拠不十分で厳重注意処分」。
「児童ポルノ禁止法違反(製造)」「強要罪」の対象となる行為は、「触法行為」です。犯罪です。
人権の視点から見ても、きわめて重大な人権侵害事件です。
看過できないーー当該学校はそうは思わなかったのでしょうか。
「いじめ防止対策推進法」には、「重大事態」に関する規定があります。
第五章 重大事態への対処
(学校の設置者又はその設置する学校による対処)
第二十八条 学校の設置者又はその設置する学校は、次に掲げる場合には、その事態(以下「重大事態」という。)に対処し、及び当該重大事態と同種の事態の発生の防止に資するため、速やかに、当該学校の設置者又はその設置する学校の下に組織を設け、質問票の使用その他の適切な方法により当該重大事態に係る事実関係を明確にするための調査を行うものとする。
一 いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき。二 いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき。
2 学校の設置者又はその設置する学校は、前項の規定による調査を行ったときは、当該調査に係るいじめを受けた児童等及びその保護者に対し、当該調査に係る重大事態の事実関係等その他の必要な情報を適切に提供するものとする。
3 第一項の規定により学校が調査を行う場合においては、当該学校の設置者は、同項の規定による調査及び前項の規定による情報の提供について必要な指導及び支援を行うものとする。
「わいせつ画像やわいせつ動画の送信強要」により、廣瀬爽彩さんは「心身又は財産に重大な被害が生じ」ました。
「ウッペツ川への飛び込み強要」により、廣瀬爽彩さんは「生命に重大な被害が生じ」ました。
「わいせつ画像やわいせつ動画の送信強要」や「ウッペツ川への飛び込み強要」は「いじめ」だと警察も認識しています。
これは、疑いようのない「重大事態」です。
「重大事態」が発生すると、学校は教育委員会に報告するとともに、調査を行う義務があります。
「児童ポルノ禁止法違反(製造)」で厳重注意処分を受けた生徒は、廣瀬さんとは別の中学の生徒でした。それにも定めがあります。
「いじめ防止対策推進法」
(学校相互間の連携協力体制の整備)
第二十七条 地方公共団体は、いじめを受けた児童等といじめを行った児童等が同じ学校に在籍していない場合であっても、学校がいじめを受けた児童等又はその保護者に対する支援及びいじめを行った児童等に対する指導又はその保護者に対する助言を適切に行うことができるようにするため、学校相互間の連携協力体制を整備するものとする。
学校から報告を受けた旭川市および旭川市教育委員会は、「学校相互間の連携協力体制を整備する」義務を負います。
証言
・いじめグループが所属していた他の中学校で弁護士同席のもと2019年8月29日に「謝罪の会」が実施されたが、被害者の中学校は弁護士同席に難色を示し旭川市教育委員会による指導の末2019年9月11日にようやく許可した。母親の支援者によれば、被害者の中学校の「謝罪の会」は、教員は全員退席し録音も禁止された。
・被害者の親族によれば、校内で起きた出来事ではないため、わいせつ画像の拡散に責任は負えないと、2019年当時被害者が通っていた中学校の教頭が母親に説明した。
健全に機能している様子はうかがえません。
廣瀬爽彩さんは2019年9月に引っ越します。
いじめによるPTSDを発症しており、2021年2月に失踪する直前まで入院や通院をしながら自宅で隠遁生活を送っていた。
2021年2月13日、被害者は氷点下17度の夜に突然家を飛び出して行方不明になり、警察による公開捜査が行われたものの、3月23日に公園で凍死した状態で発見された。
「旭川女子中学生いじめ凍死事件」は、直接には2021年の事案を指します。
2019年9月に引っ越してから2021年2月に失踪するまでの間、教育的に関わりはどうだったのでしょう。
「いじめ防止対策推進法」には、「いじめを受けた児童等又はその保護者に対する支援及びいじめを行った児童等に対する指導又はその保護者に対する助言を継続的に行うものとする」(第二十三条3)とあります。
法律にあろうがなかろうが、廣瀬さんの様子が気に掛かって仕方ない。ーーそんな心持ちはなかったのでしょうか。
「Wikipedia」の記事中、「最終報告」の内容に触れたくだりです。
中学校の対応については、被害者がからかわれるなどしたあと、雨で増水した川に入った2019年6月の時点で、いじめの「重大事態」として市の教育委員会に報告する必要があったとして、「対応は明らかに誤りであった」と指摘した。
市教育委員会の対応については、いじめ防止対策推進法で定めた「重大事態」と認めなかったことを「法律違反になる」との見解を示し、「重大事態」としての報告を学校側に働きかけることを怠ったとした上で、「いじめ問題に関する指導を根本的に改めず、しかるべき対応をしてこなかった歴代の市教委の組織の怠慢がもたらした」と厳しく非難した。
今ごろ何を……。
いじめ事案への対処の問題ではありません。
人権感覚の問題です。
2019年の4月から6月、廣瀬爽彩さん本人や保護者から相談を受けた担任教師の人権感覚のアンテナがもう少し研ぎすまされていたら……。
2019年6月の「飛び込み」事件のとき、重大な人権侵害と認識できていたら……。
「重大事態」を招いてしまった後には、教育的に営みが極めて困難になります。
そこに至るまでには、いくつもの「ヒヤリハット」がありました。教師たちがそこに自らの姿を映すことができていたら……。
ましてや、子どもが命を落としてしまっては、教育の営みはもはや成立しません。
旭川の件を「対岸の火事にしない」ということの本質は、いじめ対策のノウハウではなく、教師一人ひとりの人権意識、人権感覚を問い直すことなのです。