教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

続・「1ヶ月で勝負」したクラスの記録 ~いのちかがやいて~①

「『1ヶ月で勝負』したクラスの記録」の続編です。

「1ヶ月で勝負」では、2005年度6年生のクラスの1学期を紹介してきました。

「続・1ヶ月で勝負」では、そのクラスの2学期から卒業までを紹介します。

 

 

さて、勝負の2学期。

 

学級集団づくりの「処方箋」に教科書はありません。経験値はあっても、「対象」が違い「症状」が違えば、当然「処方」の仕方も違ってきます。

いま私が直面しているのは、直截的に切り込むことが難しいデリケートな人間関係の絡む問題です。こうした場面では、まさに経験値として、間接教材を入り口にして切り込むしかありません。

 

私は、18年振りに「しばてん」で勝負することにしました。

「しばてん」は田島征三さんの作品です。18年前の実践は、「教育の『縦糸』と『横糸』」(2020.3.21)で紹介しています。

 

学級目標にも出てくる「連凧」の材料は、4月から用意しています。いつ作るかはタイミングの問題です。

 

 

「しばてん」はていねいな読みの授業を行い、ポイントとなる場面での詳しい話しかえは授業通信で子どもに返していきました。

私としては、物語の最終部分にこれを題材とする意義があるのですが、…。

 

最終部分の授業通信です。

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「しばてん」授業通信⑤
秋祭りに村人たちは何思う


【テキスト26ページ】ラストシーンで、秋祭りが来るたびに村人たちは太郎の何を思い出しているのでしょう。村人のつぶやきを書いてもらいました。分類すると、3つのグループになりました。


■なつかしい思い出
  略

■深い後悔の気持ち

■役人に引かれて行った時の太郎の気持ち
○なんであの時太郎は何もせず、何も言わなかったんだろう。
○悪いことをしたなあ。自分たちのために、太郎は身を役人にあずけたんだなあ。太郎は命の恩人だなあ。多分、生きてはいないだろう。ありがとう。太郎。おまえは、しばてんなんかじゃあなかったよ。

 

 問題を整理してみましょう。まず、思い出すのは「勝ち抜き相撲」の場面なのか、「役人が来た」場面なのかという問題です。これは、圧倒的に「役人が来た」場面が多数でした。次に、それは「なつかしい思い出」なのか、それとも「後悔の気持ちをともなう思い出」なのかという問題です。分類の1つめと2つめの違いは、そこにあります。作者は、倒置法を使って「自分たちの心に、いつからか住んでいるしばてんのことを思いながら」太郎のことを思い出すと書いています。


 倒置法には作者の強い意図が感じられます。下線部分はどういう意味でしょうか。そこに、「後悔」の中身がかくされているように思います。分類の3つめとして、数は少ないし、内容もまだまだ不十分だと思いますが、太郎の気持ちをつぶやきの中身にしている人がいました。これはとても大事な視点だと、ぼくは考えています。


 田島さんは、「『しばてん』とぼく」という文章を書かれています。みんなでそれを読んで、その後でもう一度この場面に戻りたいと思います。役人が来た時の村人の気持ちや、あの時どうすればよかったのかを振り返りながら、ラストシーンのつぶやきに再挑戦しましょう。
                『きらきら』№84(2005.9.28)

 

読み切れていません。子どもたちの読みが、私が想定しているレベルに届いていないのです。