教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

安倍教育改革の遺したもの(その2)

教育基本法の「改正」①

 

安倍内閣の教育政策のなかで最も大きなものは、第一次政権発足直後に行った教育基本法の「改正」です。

 

「改正」から15年も経てば、今が当たり前になりつつあります。しかし、何がどう変わったのか、なぜ変わったのかを知ることは、これからを生きる人たちにこそ必要なことだと思うのです。

 

 

教育基本法はどう変わったのか

 

 

改正前後の教育基本法の比較
  (※赤字部分は主な変更箇所)
   
旧 教育基本法 新 教育基本法
(1947年3月31日 法律第25号) (2006年12月22日 法律第120号)
 前文   
   
  われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。   我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。
  われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。   我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。
  ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。   ここに、我々は、日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。
教育の目的  第1章 教育の目的及び理念
   
第1条(教育の目的) (教育の目的)
  教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。 第1条 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。
   
 教育の方針  (教育の目標)
  第2条 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
第2条(教育の方針)   一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によつて、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。   二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
    三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
    四 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと
    五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと
 生涯学習の理念  生涯学習の理念)
第3条 国民一人一人が、自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない。
 教育の機会均等  (教育の機会均等)
  第4条 すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。
第3条(教育の機会均等)  
  すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであつて、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によつて、教育上差別されない。 2 国及び地方公共団体は、障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない。
   
② 国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によつて修学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければならない。 3 国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない。
 義務教育  第2章 教育の実施に関する基本
   
第4条(義務教育) (義務教育)
  国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。 第5条 国民は、その保護する子に、別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる義務を負う。
   
② 国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。 2 義務教育として行われる普通教育は、各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。
   
  3 国及び地方公共団体は、義務教育の機会を保障し、その水準を確保するため、適切な役割分担及び相互の協力の下、その実施に責任を負う。
   
  4 国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料を徴収しない。
 男女共学  (全部削除)
 
第5条(男女共学)
  男女は、互に敬重し、協力し合わなければならないものであつて、教育上男女の共学は、認められなければならない。
 学校教育  (学校教育)
  第6条 法律に定める学校は、公の性質を有するものであって、国、地方公共団体及び法律に定める法人のみが、これを設置することができる。
第6条(学校教育)  
  法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる。 2 前項の学校においては、教育の目標が達成されるよう、教育を受ける者の心身の発達に応じて、体系的な教育が組織的に行われなければならない。この場合において、教育を受ける者が、学校生活を営む上で必要な規律を重んずるとともに、自ら進んで学習に取り組む意欲を高めることを重視して行われなければならない。
   
② 法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。  
 大学  (大学)
第7条 大学は、学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。
 
2 大学については、自主性、自律性その他の大学における教育及び研究の特性が尊重されなければならない。
 私立学校  (私立学校)
第8条 私立学校の有する公の性質及び学校教育において果たす重要な役割にかんがみ、国及び地方公共団体は、その自主性を尊重しつつ、助成その他の適当な方法によって私立学校教育の振興に努めなければならない。
 教員  (教員)
  第9条 法律に定める学校の教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない。
(再掲) 第6条  
② 法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。 2 前項の教員については、その使命と職責の重要性にかんがみ、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられるとともに、養成と研修の充実が図られなければならない
 家庭教育  (家庭教育)
第10条 父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。
 
2 国及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない。
 幼児期の教育  (幼児期の教育)
第11条 幼児期の教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なものであることにかんがみ、国及び地方公共団体は、幼児の健やかな成長に資する良好な環境の整備その他適当な方法によって、その振興に努めなければならない。
 社会教育  (社会教育)
  第12条 個人の要望や社会の要請にこたえ、社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によって奨励されなければならない。
第7条(社会教育)  
  家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によつて奨励されなければならない。 2 国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館その他の社会教育施設の設置、学校の施設の利用、学習の機会及び情報の提供その他の適当な方法によって社会教育の振興に努めなければならない。
   
② 国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館等の施設の設置、学校の施設の利用その他適当な方法によつて教育の目的の実現に努めなければならない。  
 学校、家庭及び地域住民   (学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力)
 等の相互の連携協力 第13条 学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとする。
 政治教育  (政治教育)
  第14条 良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。
第8条(政治教育)  
  良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。 2 法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。
   
② 法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。  
 宗教教育  (宗教教育)
  第15条 宗教に関する寛容の態度、宗教に関する一般的な教養及び宗教の社会生活における地位は、教育上尊重されなければならない。
第9条(宗教教育)  
  宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。 2 国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。
   
② 国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。  
 教育行政  第3章 教育行政
   
第10条(教育行政) (教育行政)
  教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。 第16条 教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない
   
② 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。 2 国は、全国的な教育の機会均等と教育水準の維持向上を図るため、教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならない。
   
  3 地方公共団体は、その地域における教育の振興を図るため、その実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならない。
   
  4 国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない。
 教育振興基本計画  (教育振興基本計画)
第17条 政府は、教育の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、教育の振興に関する施策についての基本的な方針及び講ずべき施策その他必要な事項について、基本的な計画を定め、これを国会に報告するとともに、公表しなければならない。
 
2 地方公共団体は、前項の計画を参酌し、その地域の実情に応じ、当該地方公共団体における教育の振興のための施策に関する基本的な計画を定めるよう努めなければならない。
 補則  第4章 法令の制定
   
第11条(補則 第18条 この法律に規定する諸条項を実施するため、必要な法令が制定されなければならない。
  この法律に掲げる諸条項を実施するために必要がある場合には、適当な法令が制定されなければならない。  

 

 

法律の文言だけでは何がどう変わったのか、今ひとつはっきりしないところがあるでしょう。

 

そこで、法改正を求めてきた「日本会議」が改正法成立後に出したコメントを紹介します。ここには何が変わったのかが明確に示されています。

 

新しい教育基本法が成立! 戦後教育の改革へ大きな橋頭堡築く

 

愛国心、伝統文化の尊重、道徳心、公共の精神、家庭教育の重視、教育行政など、大切な教育理念が新たに盛り込まれる

昨年12月15日、新しい教育基本法が国会で成立、12月22日に公布・施行されました。約60年ぶりの大改革です。占領遺制のシンボルとして戦後60年 間、一度も変わらなかった教育基本法が、多くの国民の賛同の中で全面改正されたことは、我が国が戦後体制から脱却する意味で高く評価されます。
新しい教育基本法には、これまでの戦後教育で軽視されてきた、「愛国心」「伝統文化の尊重」「道徳心や公共心の尊重」「家庭教育の重視」など、我が国本来 が必要とされる教育理念が堂々と明文化されました。その結果、これまで無国籍な基本法と批判され、児童中心主義や行過ぎた個人主義を招いていた戦後教育の 弊害は、今後大きく改善される道筋が確立したといえるでしょう。
 

三点修正は実現できませんでしたが、国会答弁や質問主意書の回答で有意義な政府解釈が打ち出される

 

今回、私達が求めた政府案に対する三点修正、すなわち「愛国心」と「宗教的情操の涵養」の明記と「不当な支配」の文言修正については、公明党に配慮する自民党と与党との対決姿勢を崩さなかった民主党執行部が、共に歩み寄る姿勢を見せず、文案修正は実現しませんでした。しかし、三点修正に賛同する国会議員は与野党合わせて192名にのぼり、これが強い後ろ盾となって、私共が修正要求した法案の趣旨が政府答弁の中で明確に示される成果を挙げました。
例えば、臨時国会での衆議院特別委員会や参議院特別委員会での安倍首相と伊吹文科大臣など政府首脳答弁などでは、

①国を愛する「態度」と「心」は一体として養われること
②自然や人智を超えたものに対する畏敬の念など「宗教的態度の涵養」は必要であること
③法令に基づく教育行政は不当な支配に当たらないこと
等の解釈が打ち出されました。

                         出典 「日本会議」ホームページ

 

 

今度は、法案審議に際して日本教職員組合が出した反対声明を紹介します。ここには法改正によって危惧される問題が明確に示されています。

 

2006年5月13日 日本教職員組合
教育基本法「政府法案」に反対する日教組見解

 

1.教育基本法の理念、公教育のあり方を根本から変えることに強く反対する

現行の教育基本法は、「憲法の理想の実現は教育にまつべきもの」として、教育の目的を「人格の完成」におき、「一人ひとりの学習権を保障する」ための国の責務を規定している。しかし、「政府法案」は、教育の目的に「人格の完成を目指し」は残しながらも「必要な資質を備えた国民の育成」を定めている。「必要な資質」の具体的な内容として、知識と教養、豊かな情操と道徳心、公共の精神、伝統と文化の尊重、国と郷土への愛などを教育目標としている。「政府法案」は、「人格の完成」から「人材の育成」へと公教育のあり方を根本から変えているグローバル化した大競争時代を勝ち抜く国家戦略の手段として公教育を位置づけている。そして、教育に市場原理、競争主義を持ち込み、その結果分断される個を「公共心」や「我が国と郷土を愛する」ことで国家の枠組みで統合しようとする。そこからは、格差拡大はあっても、連帯や協力・協働の視点、平和な社会の主体的な形成者を育む観点は見出せない。同時に、社会教育の軽視は、改正のねらいが学校教育における国家政策の強化にあるといえる。また、「宗教的情操」の文言は盛り込まれなかったが「宗教に関する一般的な教養」が入った。これらのことは、まさに、「国民の教育権」から「国家のための教育」へ大きく転換するものである。

 

2.共生・共学、教育の機会均等を保障するため、教育環境格差の拡大こそ解決すべき課題である

「政府法案」の第4条では、「ひとしく」という文言は残ったものの第2条、第5条で「個人の能力を伸ばし」と個人の能力の伸長が強調されている。障害児への教育支援についても「障害の状態に応じ」と、「特別支援教育」よりも後退し「特殊教育」につながる規定となっている。このことは、国際的な流れであるインクルーシヴ教育の観点からも逆行するものである。また、義務教育の年限や男女共学の条文も削除されている。

今日の子どもたちの教育環境は、経済的な背景などが就学や進路選択にも大きく影響しており就学援助を受ける子どもの数も増加している。能力主義による選別、経済格差・地域格差など教育の機会格差が拡大しつつある現状から見れば、機会の均等は必ず保障されなければならない。地域・性別・階層・国籍などによる教育環境格差が拡大していることこそ教育行政の解決すべき課題である。すべての子どもたちの教育条件整備・充実、共生・共学、教育の機会均等など、子どもの権利条約の具現化に努めるべきである。

 

3.個人の内心にかかわることを法律で規定すべきではない

「政府法案」は、教育の目的や目標に「伝統と文化の尊重」「我が国と郷土を愛する」「公共の精神」など個人の内心にかかわる事項を規定し、態度を強調している。これらが、法律で定められれば、すべての国民に強要されることも考えられる。それは、憲法が保障する思想・良心の自由に抵触する。そもそも個人の内心の自由にかかわることを法律で規定すべきではない。法律で規定することにより、教育現場では「国を愛する態度」の実践・指導が課され、その実施状況の点検・調査が始まり、子どもたちへの評価につながる。このことは、「国旗・国歌」法が成立した後の学校現場での「日の丸・君が代」の強制の現実をみても明らかである。

一人ひとりに様々な「郷土」や「生い立ち」があり、「国を愛する」ことについても一人ひとりの心の問題である。また、国際化の流れとともに、学校ではさまざまな子どもたちが学んでいる。一つの価値を押し付けるのではなく、多様性を認め合う教育こそが必要だと考える。

 

4.学校・家庭・地域への役割と責任の義務付けは、基本的人権の侵害につながる

現行の教育基本法では、教員を「全体の奉仕者」、教育行政には「国民全体に対し直接責任を負うべき」と規定し、教育が国民のために行われることを謳っている。しかし、「政府法案」では、「全体の奉仕者」「国民全体に対する直接責任」の文言が削除されている。他の条文とも合わせると、学校教育は、国民のためというより国家のために、教育の責任をもつように読みとれる。

一方で、家庭教育を新設して「子の教育について第一義的責任を有する」として、家庭教育の具体的な内容までも示している。教員には「自己の崇高な使命の自覚」と規定しており、国家のために職務に邁進する教員像を想定させる。学校現場には、様々な職種の教職員が協力・協働で子どもたちの教育にかかわっている。条文からは、教職員の協力・協働の視点が見えてこない。また、学校・家庭・地域住民に「それぞれの役割と責任」「相互の連携・協力」を規定した。このことは、学校教育、幼児教育、家庭教育など、市民生活全般にわたって役割と責任が義務付けられ、行政の関与を強めることになる。それは、個人の基本的人権を侵害し、憲法教育基本法の理念を否定することにつながる。

 

5.政府主導による教育振興基本計画の策定は、教育の主体性や自律性が失われる

現行教育基本法は、教育の独立性を定め、教育への不当な支配を戒めている。しかし、「政府法案」には、文言は残ったものの後に「他の法律の定めるところにより」の挿入など新たな内容が盛り込まれた。また、政府や地方公共団体による教育振興基本計画や施策の策定が明記された。教育政策の定立が立法府による法律制定から行政府による計画策定に移行し、政府主導で教育政策がすすめられることになる。近年、教育行政に対する内閣府などの影響力が強くなっているが、さらに強まることが予想され、教育の主体性や自律性が失われることになりかねない
 現行法の理念にもとづく教育条件整備・拡充の財源確保こそ、計画的に図られるべきである。

 

6.検証・審議過程を明らかにせず、国民不在の「改正」論議は、断じて容認できない

教育基本法の改正については、なぜ改正が必要なのか、改正により教育がどう変わるのかなど、これまでの審議経過を一切国民に明らかにせず、政府・与党内で密室のうちに協議されてきた。この3年間で70回とされる与党検討会は、資料も回収するなど非公開で行われた。「愛国心」を盛り込むための「言葉さがし」に工面したという自公両党の「妥協の産物」といえる。

教育の憲法である教育基本法の改正は、慎重を期すべきであり、これまでの教育政策について十分に検証すべきである。

この間の世論調査などでも慎重審議を求める意見が多く、メディアの報道においても「あわてる必要はない」「なぜ、そんなに急ぐのか」「なぜ、改正が必要なのか」など、「政府法案」の問題点を指摘したり、拙速な決め方を批判しているものが多い。

 

日教組は、拙速な法案提出をすることなく、憲法をはじめとする国内法や「子どもの権利条約」などの国際条約を踏まえ、「教育基本法調査会」を衆参両院に設置し、そこにおいて慎重かつ徹底審議を行うことを求めてきた。

政府・与党は、衆議院に特別委員会を設置して、今国会の会期内に成立させようとしている。しかし、なぜ改正を急ぐのかその理由は明らかになっていない。改正するのならばなおさら、国民に開かれた議論を喚起し、多くの国民の意見を反映し時間をかけて論議をすべきである。このような政治主導の動きと拙速な審議で、21世紀を生きる子どもたちの教育の根幹を決めることは断じて許されない。「政府法案」からは、子どもたちが将来の夢を描き、生き生きと学ぶ姿が見えてこない。わたしたちは、国民不在の「政府法案」に反対し、その廃案を強く求める。

 

危惧と賛美が交錯した法改正から15年、いま目の前で起こっている事実を踏まえつつ当時の文字と向き合うことで、問題の所在がより明確になるでしょう。