教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

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指導要録「主体的に学習に取り組む態度」考⑥

2019年3月29日、文部科学省から各都道府県教育委員会に「児童生徒の学習評価及び指導要録の改善等について」の通知が出されました。

「通知」には「別紙」(1~5)と「参考」(1~3)の文書があって、「参考3」の中に指導要録の「参考様式」が含まれています。 

 

指導要録は「様式1(学籍に関する記録)」と「様式2(指導に関する記録)」で構成されています。

【指導要録作成の法的根拠】

学校教育法施行規則第 24 条で、「 校長は、その学校に在学する児童等の指導要録(学校教育法施行令第 31 条に規定する児童等の学習及び健康の状況を記録した書類の原本をいう。以下同じ。)を作成しなければならない。」と定められています。

(ちなみに、通知表は学校の任意書類であり、法的根拠はありません。)

【指導要録保存の法的根拠】

学校教育法施行規則第28条第2項で、「前項の表簿( 注:指導要録の様式2(指導に関する記録)が含まれています)は 、別に定めるもののほか 、5年間保存しなければならない。ただし 、指導要録及びその写しのうち入学 、卒業等の学籍に関する記録(注:様式1(学籍に関する記録)を指します)については 、その保存期間は 、20年間とする」と定められています。

 

下に紹介しているのは、「参考様式」の「様式2(指導に関する記録)」部分です。

 

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実際に使われる指導要録は、各教育委員会が様式を設定します。「参考様式」に示された事項が入っていれば、タテ長、ヨコ長といったレイアウトなども自由です。 

 

本稿の対象となるのは、「各教科の学習の記録」と「総合所見及び指導上参考となる諸事項」です。

 

まず、「各教科の学習の記録」を見ていきます。

「評定」欄は、学習指導要領に示す各教科の目標に照らしてその実現状況を3段階(1・2・3)で総合的に評価します。

「観点別学習状況」欄(「知識・技能」,「思考・判断・表現」,「主体的に学習に取り組む態度」)は、学習指導要領に示す各教科の目標に照らしてその実現状況を3段階(A・B・C)で評価します。

「学びに向かう力,人間性等」という指導の観点のうち、「主体的に学習に取り組む態度」についてはここで評価が行われます。

 

 

「学びに向かう力,人間性等」という指導の観点のうち、「感性や思いやり」等の評価が指導要録に反映されるとしたら、「総合所見及び指導上参考となる諸事項」欄です。

 

文部科学省「児童生徒の学習評価及び指導要録の改善等について」の通知の「〔別紙1〕小学校及び特別支援学校小学部の指導要録に記載する事項等」に、次のような記載があります。

児童の成長の状況にかかわる総合的な所見
 記入に際しては,児童の優れている点や長所,進歩の状況などを取り上げることに留意する。ただし,児童の努力を要する点などについても,その後の指導において特に配慮を要するものがあれば端的に記入する。
 さらに,障害のある児童や日本語の習得に困難のある児童のうち,通級による指導を受けている児童については,通級による指導を受けた学校名,通級による指導の授業時数,指導期間,指導の内容や結果等を端的に記入する。通級による指導の対象となっていない児童で,教育上特別な支援を必要とする場合については,必要に応じ,効果があったと考えられる指導方法や配慮事項を端的に記入する。なお,これらの児童について個別の指導計画を作成している場合において当該指導計画に上記にかかわる記載がなされている場合には,その写しを指導要録の様式に添付することをもって指導要録への記入に替えることも可能である。

文言を見る限り、「感性や思いやり」等の評価を文章表記することは可能です。

 

しかし一方で、「通知」はこうも述べています。

3.指導要録の主な改善点について
 指導要録の改善点は以下に示すほか,別紙1から別紙3まで及び参考様式に示すとおりであること。設置者や各学校においては,それらを参考に指導要録の様式の設定や作成に当たることが求められること。
(1)~(4) 略
(5)教師の勤務負担軽減の観点から,【1】「総合所見及び指導上参考となる諸事項」については,要点を箇条書きとするなど,その記載事項を必要最小限にとどめるとともに,……

つまり、「具体的なことを詳しく書くな」ということです。

文科省は「教師の勤務負担軽減の観点」つまり働き方改革を、その理由としています。私はそのこと以上に、個人情報開示への対策の匂いを感じます。(私が職に就いたころ、指導要録は1枚両面刷りの用紙でした。それが学籍と指導を別用紙になって、指導記録の保存期間を5年にしたのと同軸上の措置でしょう)

いずれにしても、「感性や思いやり」等の評価が「指導上参考となる」ほど丁寧にこの欄に記載されることはまずないと思われます。

 

 

では、感性や思いやり」等の評価はどうするのか。

それもまた、「通知」の中にこたえがあります。

4.学習評価の円滑な実施に向けた取組について
(1)(2)略
(3)観点別学習状況の評価になじまず個人内評価の対象となるものについては,児童生徒が学習したことの意義や価値を実感できるよう,日々の教育活動等の中で児童生徒に伝えることが重要であること。特に「学びに向かう力,人間性等」のうち「感性や思いやり」など児童生徒一人一人のよい点や可能性,進歩の状況などを積極的に評価し児童生徒に伝えることが重要であること。

有り体に言えば、普段の授業や学校生活において、「感性や思いやり」などに関して良さを見つけたら、その都度その子に声をかけるということです。

 

 

普段の授業や学校生活において、「感性や思いやり」などに関して良さを見つけたら、その都度その子に声をかけるということは、だいじなことですし必要なことです。

しかし、それって教育活動においては「イロハのイ」の部分であって、大仰に指導の観点や評価の観点に照らして云々ということではないでしょう。

 

再びしかし、当たり前すぎることというのは、しばしばスルーされていく運命にあります。

普段の授業や学校生活において、「感性や思いやり」などに関して良さを見つけたら、その都度その子に声をかけるということが、「学びに向かう力、人間性等」という指導の観点に対する評価の一部であるという認識は現場教師の意識の外に置かれ、一連の「改革」は画餅に終わることになるでしょう。

 

 

6回も連載した稿の「オチ」がこれです。

 

振り返れば、中教審が指導と評価の観点を統一していく過程で、「 主体的に学習に取り組む態度」のところに海外事例などを持ち出して唐突に「学びに向かう力・人間性」などと言い出したあたりからモヤモヤが続いています。

中教審答申がいう「2030年に向けた教育の在り方に関するOECDにおける概念的枠組みや、本年(注:2016年)5月に開催されたG7倉敷教育大臣会合における共同宣言」といった「外圧」があったことは想像に難くありません。

国際標準は大事でしょうが、答申の文言になるまでに日本の教育や文化を踏まえてどれほど咀嚼されたのでしょうか。

受け手の消化不良の責は、発信した側が負うべきものと考えます。

 

連載は、わが義弟の「『人間性』を評価するのはおかしい。人権侵害だ」という一言から始まりました。

普段の授業や学校生活において、「感性や思いやり」などに関して良さを見つけたら、その都度その子に声をかけるということ」は、あたりまえの教育活動です。

しかし、それを「個人内評価」の表出などと言う教師はまずいません。あたりまえの教育活動を「評価」とした時点で、教師と子どもの人間的なつながりや営みが機械的で無味乾燥なものになったと、私は感じます。

義弟の「『人間性』を評価するのはおかしい。人権侵害だ」は、教師の立ち位置を問題にしつつ、同じことを感じているのだと思います。

 

文科省にはいま一度の検討を願いたいものです。