「生きる力」の変節
2008年3月28日、小学校学習指導要領が改訂・告示されます(以下、「2008年学習指導要領」)。
2008年学習指導要領には、「生きる力」という特別な名称が付されています。
小学校学習指導要領(平成20年3月)
第1章 総則
第1 教育課程編成の一般方針
各学校においては,教育基本法及び学校教育法その他の法令並びにこの章以下に示すところに従い,児童の人間として調和のとれた育成を目指し,地域や学校の実態及び児童の心身の発達の段階や特性を十分考慮して,適切な教育課程を編成するものとし,これらに掲げる目標を達成するよう教育を行うものとする。
学校の教育活動を進めるに当たっては,各学校において,児童に生きる力をはぐくむことを目指し,創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開する中で,基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ,これらを活用して課題を解決するために必要な思考力,判断力,表現力その他の能力をはぐくむとともに,主体的に学習に取り組む態度を養い,個性を生かす教育の充実に努めなければならない。
1998年学習指導要領と2008年学習指導要領は、「児童に生きる力をはぐくむことを目指」すという点で完全に一致しています。
それは当然のことです。「1996中教審答申」は、「生きる力」は教育の「不易」の部分だと論じたのです。「不易」がコロコロ変わるようでは、文科教育行政の信頼が揺らぎます。
ところが、「生きる力」を構成する中身が異なるのです。
1998「生きる力」
「自ら学び自ら考える力の育成」
「基礎的・基本的な内容の確実な定着」
「個性を生かす教育の充実」
2008「生きる力」
「基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得」
「思考力,判断力,表現力その他の能力」
「主体的に学習に取り組む態度」
「個性を生かす教育の充実」
記述の序列、つまり優先順位が変わりました。
さらに、「自ら学び自ら考える力の育成」と「主体的に学習に取り組む態度」は同系色で関係づけていますが、ほとんど別物です。
1998「生きる力」の中核は「自ら学び自ら考える力の育成」であり、その具体的育成フィールドが「総合的な学習の時間」でした。「生きる力」を育むには「ゆとり」が必要だと説きました。
2008「生きる力」の中核は「基礎的・基本的な知識及び技能」「思考力,判断力,表現力その他の能力」=「学力」です。
そのために学習時間が増加されました。脱「ゆとり」です。
○国語・社会・算数・理科・体育の授業時数を10%程度増加
○週当たりのコマ数を低学年で週2コマ、中・高学年で週1コマ増加
その一方で、総合的な学習の時間の授業時数は削減されました。
2008「生きる力」は、1998「生きる力」誕生の経緯や背景を捨て去り、看板だけを残して別物になったのです。方向としては、「生きる力」誕生前に逆進です。
これが、「不易」の教育の実態です。不連続な断層を持つ連続性……学校現場の混乱や苦悩や多忙の大きな原因がここにあります。
1998「生きる力」と2008「生きる力」の間に、なにがあったのでしょう。