教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

日本語探訪(番外1) 教育のことば「施行」

「日本語探訪(番外)」では、元教員として気になっていることのいくつかを「教育のことば」として取り上げます。

今回は、「施行」です。

 

施行

 

「施行」の読み方

しこう

 

「施行」の意味

法令の効力を現実に発生させること。法律は特に規定がなければ公布後満20日を経て施行される。(広辞苑

 

「施行」の使い方

令和3年8月23日、 文部科学省より「学校教育法施行規則の一部を改正する省令の施行について」の通知が出された。これに基づき、今後新たな施策が展開されることになる。

 

「施行」の蘊蓄

およそ公教育における諸行為は、法に基づいて(言い換えると「法を根拠に」、「法に縛られて」)行われます(などと日常的に自覚している教員は、まずいないでしょうが)。

その法は、「日本国憲法」、「教育基本法」、「学校教育法」、「学校教育法施行令」、「学校教育法施行規則」、「学校教育法施行細則」等々です。法に準じるものとして「学習指導要領」もあります。

 

さて、上に示した例文の読みです。

 

令和3年8月23日、 文部科学省より「学校教育法施行規則(がっこうきょういくほうしこうきそく)の一部を改正する省令の施行しこうについて」の通知が出された。これに基づき、今後新たな施策しさくが展開されることになる。

 

ところが、実際の学校現場では次のように読まれることが多いのです。

 

令和3年8月23日、 文部科学省より「学校教育法施行規則(がっこうきょういくほうこうきそく)の一部を改正する省令の施行こうについて」の通知が出された。これに基づき、今後新たな施策さくが展開されることになる。

 

「施行」は「しこう」か「せこう」か

「施行」の本来の読みは、「しこう」です。

同様に、「施策」の読みも「しさく」です。

いずれも「漢音」+「漢音」の熟語です。これを「せこう」「せさく」と読むと、「呉音」+「漢音」になります。

(話は逸れますが、「施工」も本来の読みは「しこう」です。ですが、こちらは「せこう」が一般的な読み方として定着しています。)

 

私は、教育委員会の指導主事や校長の多くが「施行」を「せこう」と読むことに、日本語としての抵抗を感じてきました。その辺の事情を深掘りします。

 

NHK放送技術研究所」に、次の記事が掲載されています。

「施行」の読みは[シコー][セコー]?
1999.04.01

4月1日・新年度から幾つかの法律が新たに施行されましたが、この「施行」の読みは[シコー][セコー]どちらでしょうか。


放送では、[シコー]と読んでいます。

 

解説

この場合の「施行」は「法令の効力を発生させること」の意味です。一般の辞書は主見出し語には[シコー]の読みをとっていますが、[セコー]とも読むと書いてあります。法律関係者の間では、「強制執行」や「刑を執行する」などの「執行」[シッコー]と区別するため[セコー]と読む慣用があるようです。しかしNHKでは、工事の「施工」と区別するため[シコー]と読んでいます。「施工」にも[セコー]と[シコー]の両方の読みがありますが、放送では [セコー]と読んでいます。

なお、仏教用語で「功徳のために僧などに物を施す」意味の「施行」は、[セギョー]と読みます。また農業用語の「通年施行」(1年の間、耕作を休んで土地改良事業を行うこと)は、[ツーネンセコー]と読みます。

NHKことばのハンドブックP78ほか参照)

                 (メディア研究部・放送用語 豊島 秀雄)

 

「施行(せこう)」の背景には、「法律関係者の間では、『強制執行』や『刑を執行する』などの「執行」[シッコー]と区別するため[セコー]と読む慣用がある」ということがあるようです。

それって、いわゆる「業界用語」ですね。

教育界でも、たとえば「評価基準」と「評価規準」を区別するために、「基準」を「もとじゅん」、「規準」を「のりじゅん」と言ったりします。しかしそれはあくまで業界内用語であって、一般汎用語ではありません。

「基準」と「規準」は、耳で聞けばどちらも「きじゅん」です。

「しこう」と「しっこう」を発音してみてください。混同します? 法律関係者の人たちに限っては、聞き間違えるほど滑舌の良くない人が多いようですが…。


さらに、佐々木彰さん(教員)のブログ「面白半分」に面白い記事がありました。

施行規則ってどう読むの?

 学校現場に関係のある法規はいろいろあるが、その中に「学校教育法施行規則」というのがある。よく話題になる「学習指導要領」は、この第25条によって制定されている。

 ところで「施行」という部分、どう読んだらいいのだろうか?

 私の地域のお役人は、「しこうきそく」と読んでいた。日本語としては、これが正しいと思う。そこで私も長い間、「しこう」と言っていた。

 ところが、少し前に、文部省の中央研修に参加したら、そのときに講師として来ていた文部省の人は、例外なく、「せこうきそく」と言っていた

「ん?」と思い、「聞くは一時の恥」ということで、挙手して質問してみた。

「『施行』を『せこう』っておっしゃっているようですが、私は普段『しこう』って言っているのですけど、本当のところはどうなんですか?」

 すると、答えはこうだった。

「たしかに『しこう』とも言いますが、霞ヶ関周辺では『せこう』と読むのが一般的なようです。」

 なあるほど、官庁関係では「せこう」って読むのか。よーし、イナカに帰っても私は「せこう」って言うぞ!ということになったのだが、ちょっと根拠がはっきりしない。

 そこで、毎度おなじみの、文化庁発行の「言葉に関する問答集」で調べてみた。結果は次のとおりである。


○ 問 「施行」は「シコウ」か「セコウ」か。

 「シ」は漢音、「セ」は慣用音である。したがって、普通には、「シコウ」と読んで、主に公共機関の事業を行うことに使う場合が多い。ただ、法律方面で、「執行」と区別するため、「セコウ」と読む慣用もある。一方、工事を実際に行う「施工(シコウ)」を「セコウ」と読み、「施行(シコウ)」と区別する習慣もある。
 NHKでは、
  シコウ  施行
  セコウ  施工(工事)
と区別している。
 ちなみに、「せぎょう」と読めば、仏教の用語で功徳のため、僧などのために物を施すことの意になる。

 つまり、「せこう」は、本来の日本語から見れば、おかしな読みの、「お役所専門用語」ということになる。文部省の読み方にならって「せこう」と読むか、それとも正しい日本語使いとしてのプライドを持って「しこう」と読むかは、使う人の選択に任されるだろう。(私は、ついつい中央かぶれしてしまって「せこう」と言いがちになるが‥‥‥)

 

佐々木さんの記事によると、「霞ヶ関周辺では『せこう』と読むのが一般的」だと文科省の人が言ったということです。これは、「法律関係者の間で『せこう』と読む慣例がある」というNHKの記事と符合します。法律の専門家による慣例的業界用語が霞ヶ関官庁街に広まったのでしょう。

 

佐々木さんの記事が面白いのは、ことばにこだわりを文科省の話を聞いて「なあるほど、官庁関係では『せこう』って読むのか。よーし、イナカに帰っても私は『せこう』って言うぞ!ということになった」ことです。そしてそれは、「ついつい中央かぶれしてしまって『せこう』と言いがちになる」のだと自覚していらっしゃいます。

わが地域の指導主事や校長たちの「せこう」も、事情は佐々木さんと五十歩百歩でしょう。

 

百歩譲って、「執行」と区別するために「施行」を「せこう」と読むことを可としましょう。

 

例文に戻ります。

 

令和3年8月23日、 文部科学省より「学校教育法施行規則(がっこうきょういくほうせこうきそく)の一部を改正する省令の施行せこうについて」の通知が出された。これに基づき、今後新たな施策さくが展開されることになる。

 

ここで法律関係者の慣例が適用されるのは、「省令の施行せこうについて」の部分のみです。(「省令の施行しこうについて」を耳で聞いて、「省令の執行しっこうについて」と聞き間違うことなどないと思うのですが)

学校教育法施行規則(がっこうきょういくほうしこうきそく)」を「学校教育法施行規則(がっこうきょういくほうせこうきそく)」と、あえて読み替える根拠がありません。

同様に、わざわざ「施策さく」と読み替える根拠もありません。

 

佐々木さん曰く「お役所専門用語」が、「中央かぶれ」(中央崇拝)によって地方の津々浦々に広まっているとしたら由々しきことです。

あるいはまた、日本語としてのおかしさに無自覚のまま、あるいは無抵抗のまま使われているとしたら、日本語を教える人の資質の問題として由々しきことです。

 

 

ここまで書いてきて頭に浮かんだのは、2点。

・自分の足でしっかりと立つこと。

・感性のアンテナを研ぎ澄ませること。

対象の如何を問わず……。