「日本語探訪(番外)」では、元教員として気になっていることのいくつかを「教育のことば」として取り上げます。
今回は、「寄り添う」です。
寄り添う
「寄り添う」の読み方
よりそう
「寄り添う」の意味
ぴったりとそばへ寄る。(広辞苑)
※物理的な意味以外に、相手の気持ちに共感して心を寄せる状態も「寄り添う」といいます。
「寄り添う」の使い方
あの人の評価が高いのは、人の心に寄り添える応対スキルを持っているからだ。
「寄り添う」の蘊蓄
「子どもに寄り添う」「子どもの心に寄り添う」……教育の場において、「寄り添う」という言葉は日常語と言えます。
ここでの「寄り添う」の用法としては、「ぴったりとそばへ寄る」という元来の意味ではなく、「相手の気持ちに共感して心を寄せる状態」を表しています。
言葉としては日常語なのですが、「寄り添う」という行為は実に難しいものです。
寄り添っているつもりが子どもにべったりと追従していたり、寄り添っているつもりが子どもへの重圧になっていたり。
「Smartlog」のページに、「『寄り添う』の意味とは?相手の気持ちに共感して寄り添える人の特徴を解説」という記事があります。同ページから見出しの一部を紹介します。(他の方たちのページにも同様の記載が見られますが、元資料は把握できていません)
▼相手の気持ちに寄り添うことができる人の特徴
1. 相手の変化に敏感に気づく
2. 感受性が豊かで、気持ちを察知するのが早い
3. さり気ない気配りができる
4. 価値観を柔軟に受け入れる
5. 強い好奇心を持っている
6. 周囲を巻き込む力がある
▼相手の気持ちに寄り添うための8つの方法を紹介
1. 様々な経験をして、価値観を広げる
2. 上手に質問をして、相手の話を引き出す
3. お互いの共通点を見つける
4. 表情や仕草をじっくり観察する
5. 読書をして知識を得る
6. 心から相手に関心を寄せる
7. 自分の考えや価値観に固執しない
8. 心理学を学び、日常で実践する
私は、寄り添うというのは相手との距離感の問題だと常々感じてきました。
そんな思いを一層強くしたのが、NHKの連続テレビ小説「おかえりモネ」でした。
朝日新聞 2021.10.19
わからない人の痛み「でも、わかりたいと思う」
震災当事者とは? 「モネ」の問いNHKの連続テレビ小説「おかえりモネ」が、29日の最終回に向けて佳境に入っている。ヒロインは、東日本大震災が起きた時、地元の宮城・気仙沼にいなかったことに悩みながら生きる。震災の「当事者」とは誰なのか。 当事者でない者は、被災者とどう向き合えばいいのか。震災10年の年に、そんな問いを投げかけている。
NHK朝ドラ 29日最終回
「お姉ちゃん、津波、見てないもんね」
ヒロインの「モネ」こと永浦百音(清原果耶)は、5歳だった震災発生時に用があって自宅がある島を離れ、仙台にいた。その後、島で津波を見た妹にこう言われた。 島にいなかった罪悪感を胸に抱えながら、いったんは東京で気象予報士として働き、現在は故郷に戻り、気象の仕事を続けている。
被災地の外から眺めれば、モネも被災者に見える。 しかし、よりつらい目にあった家族や知人の苦しみと比べると、「自分は当事者ではない」という意識にさいなまれる。
震災やその復興をめぐっては「当事者」という言葉がしばしば聞かれる。それは時として、「非当事者」との間に線をひくことになって、対立や無関心を引き起こしかねない。
脚本を書いた安達奈緒子さんは、震災による「事実」を「想像」によって物語に変容させることが許されるのかという問題に直面した、と朝日新聞の書面インタビューに執筆に当たっての葛藤を吐露した。
宮城に足を運び、様々な立場の人々に話を聞くと、人によっても土地によっても、受けた影響や抱える痛みがまったく違ったという。そのなかで「間違いない」と思えたことが、ただ一つあった。「人の痛みは、その人にしか絶対にわからないということだけでした。あまりに単純な思考ですが、ここをよりどころにしていくしか方法がない、と考えました」という。
劇中で、宮城に通う東京の医師・菅波(坂口健太郎)が、被災経験に悩むモネに気持ちを伝える場面がある。「あなたの痛みは僕にはわかりません。でも、わかりたいと思っています」
安達さんは、当事者と、そうでない者との間に「一線」が引かれたら、互いがわかり合いたいと手を伸ばしても、触れ合うことが許されない、「寂しい関係」になってしまう、と感じた。この寂しさを超える行動は何かと考えて、たどり着いたセリフだという。
「『わたしにはわからない。この事実を変えることはできない。 けれどわたしは心から、あなたのことをわかりたいと思っている』と伝えられたら、相手を尊重しているという姿勢は示せるし、わかりあえない者同士でも一緒に生きていくことはできるのではないか、少なくとも寂しくはないな、と。そこに救いを求めたのだと思います」
「世間が思い込む被災者像からの解放」
この菅波の言葉に、作家のくどうれいんさんは、ハッとさせられた。「『私の立場から言えることはない』と見聞きしなくていいように厚い殻で自分を守ってきた人も多いと思う。 モネの物語を通じて、震災当事者と非当事者が一歩歩み寄ることができる」
自身は岩手県の内陸部である盛岡市在住。文芸部だった高校時代、被災県ということで復興への希望を作品に求められることもあった。 今年、芥川賞候補になった小説『氷柱の声』には、そんな自身の葛藤した経験などを投影し、「被災者」とひとくくりにできない痛みをもった人たちが登場する。
「おかえりモネ」は、「震災もの」ではなく、様々な立場の人の言葉を丁寧に描いた、「リアリティーある東北の物語」として見ている。例えば、津波で妻が行方不明のままの漁師・及川新次(浅野忠信) のセリフ「俺は立ち直らねえよ。絶対に立ち直らねえ」。こういった心情は、自身も小説で表現したかったことだという。「世間が思い込んだ被災者像や社会が求める物語から解放してくれる」
テレビドラマに詳しい岡室美奈子・早稲田大教授は東北を舞台にした連続テレビ小説「あまちゃん」(2013年)と同様に、「復興」「絆」といった声高なテーマを掲げず、震災を忘れずに前に進む人たちを誠実に描いていると評価する。
モネは震災発生時、島に橋がかかっていなかったために、すぐに家族や友人の元に駆けつけることができなかった。数年後、島と本土をつなぐ橋が完成したが、岡室さんはこの「橋」が当事者性を巡る象徴的なものだとみている。「震災によって生まれた、島で被災した人びととの断絶は完全に埋めることはできないが、痛みをわかろうとすることで橋をかけることはできる。それができた時に本当の意味で『おかえりモネ』になるのではないでしょうか」
(宮田裕介)
10月23日、NHKの朝のニュース番組で、清原果耶さんのインタビューが放送されました。
「印象に残ったこと」を聞かれた清原さんは、菅沼医師の「あなたの痛みは僕にはわかりません。でも、わかりたいと思っています」というセリフを取り上げ、「究極ですね」と語りました。そして、二人の「距離感」にも言及しました。
清原果耶さんは、自身が演じる「モネ」と恋人である「菅沼医師」との関係性のなかで「心を寄せる(つまり「寄り添う」ということ)」という微妙な距離感を体感したのです。まだわずか19歳の「少女」です。なんて素敵な女優さんなんでしょう。
「あなたの痛みは僕にはわかりません。でも、わかりたいと思っています」
私の辞書の「寄り添う」には、このセリフを充てたいと思います。
若いころの実践記録に、「子どもの持つ『荷物』を代わりに持つことはできません。でも、仲間が知っているというだけで心がいくらか軽くなることがあります。それとは逆に、事実を知らないことで、その子の『荷物』をさらに重くしていることもあります。」といった記述があります。子どもの日記に赤ペンで応え、学級通信で共有したかったものは、まさに「菅沼医師」のセリフでした。
時代とともに教育や子育てのやり方は変わっても、「寄り添う」という営みは不易です。