教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

教員の労働環境改善こそ、教育の質向上の第一歩

年度末です。

人事異動があり、新規採用者の配置があり、そして新しい年度が始まります。

 

さて、新年度を迎える職員室はワクワク感に満ち満ちているでしょうか。先生たち一人ひとりの瞳は生き生きと輝いているでしょうか。

 

かつて私の職場でもあった職員室はいま、そんな希望の言葉を並べて語る状況にはありません。

少し古くなりますが、中教審元副会長・小川正人さんのインタビュー記事を紹介します。

 

朝日新聞 2121.12.4


               中教審元副会長、小川正人・東京大名誉教授

長時間労働の背景は。

近年、学校教育の問題が複雑多様化した。いじめやSNS上の不適切なやりとり、子どもの貧困など、新しい生徒指導上の課題が生じた。 また、保護者が消費者的な目線になり、学校への要求が厳しくなった。社会から説明責任を求められ、関係先への情報提供や学校評価の作成などの作業も増えた。そうした変化に見合った増員が不十分だ。

授業自体が負担だとの声もある。

1998年告示の学習指導要領で、学習内容の削減に激しい批判が起き、その後2回の改訂で、授業時数が大幅に増えた。 授業は教員の本来業務だが、ほかに無限定で多岐にわたる職務があることで負担に感じてしまっている。

国はどんな対策をしてきたか。

中教審では勤務実態を把握することがまず重要と考え、出勤から退勤までを勤務時間とみなして管理することを提言した。 文科省は2019年のガイドラインで勤務時間の上限を示した。事務職員や部活指導員などと連携する「チーム学校」も一定程度進んだ。

現場では改善の実感が得にくいようだ。

勤務時間が上限を超えても振り替え休暇や時間外手当などの措置がなく、法令上の罰則もない。勤務時間を正確に申告することがメリットになり、労働環境の改善につながると感じてもらえる取り組みが不可欠だ。

授業時数はどうあるべきか。

教員個々の持ちコマ数を削減する必要がある。小学校では週26コマ以上を受け持つ教員が4割以上、21~25コマも3割以上に上るとの調査結果がある。 学級担任制の小学校では子どもの登校から下校までの間、授業以外の仕事ができず残業につながっている。一部の教科を専任教員が持つ「教科担任制」を拡大する必要がある。

長時間労働による健康面への影響は。

公立校教職員が対象の19年度調査では、うつなどの精神疾患による病気休職者が5478人で過去最多。1カ月以上の病気休暇取得者を加えると9642人に上った。年代別では20代が1.38%で最も多く、30代が1.35%で続いた。 ベテラン教員の大量退職で中堅や若手にプレッシャーがかかっているのではないか。

教員の心の健康を確保する方策は。

労働安全衛生法では50人以上の労働者がいる職場は衛生委員会や衛生管理者、産業医を置く義務があるが、小中学校は50人未満がほとんど。配置していても形骸化している学校が多く、民間に比べ取り組みが非常に遅れている。 特に市町村教育委員会は、同法をふまえて学校の安全衛生の管理体制を整えてほしい。

                           (聞き手・高浜行人)

 

どの職業でも、どの職場でもそうであるように、教育の職場にも苦労もあるけど喜びも魅力もあります。ところが、いまは「ブラック職場」と言われ、負の面ばかりが際立っています。

文部科学省もそのことに危機感を覚えたのでしょう。教員を目指す若者たちに仕事の魅力を伝えるため「#教師のバトン」プロジェクトを立ち上げ、教員たちにSNSでの発信を呼びかけました。結果はご存じの通り。いかにブラックであるかが実証されることになってしまいました。

 

文科省には意図的な思い違いがあります。

私の知る限り、教員には子どものためと言われると際限なく尽くすタイプの人が多いです。その一方、お金(賃金や手当など)のことや権利(労働時間や休暇など)のことにはとんと疎いという人がほとんどです。

日本の教育や教育職場は、こうした「教員の善人性」に支えられてきたと言えます。

しかしいま、教育の職場は「教員の善人性」だけでは支えきれないところにきてしまっているのです。文科省はそれを「#教師のバトン」という「教員の善人性」で何とかしようと目論んだわけです。

 

文科省がやるべきことは、小川さんが的確に指摘されています。要するに、教員の数を増やすこと、教育にお金をかけることしかないのです。

現場の先生たちが輝いてこそ、若者が教員に魅力を感じるようになるのです。

教員の労働環境改善は、教育の質向上の必要条件です。

それが十分条件たるには教員個々の研鑽が欠かせないでしょう。しかし順番で言うと、必要条件を満たすことがまず最初です。(教員個々の研鑽ということでは、免許更新制度のあとに控える新研修制度も大問題です。)

 

年度替わりのいま、子どもたちの未来をどう保障(保証)するのかという視点で、教員の労働環境についての教員社会の枠を超えた議論を期待します。