教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

障害児教育の系譜② ~特別支援教育へ~

特別支援教育」は、2007年に始まった障害児教育の「第2章」です。それは、「第1章」である従来の「特殊教育」と何がどう違うのでしょうか。

 

特別支援教育を語るには、まず世界の動きをあわせて見ていく必要があります。

 

子どもの権利条約(1989年)と特殊教育

 

児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」は、1989年の第44回国連総会において採択され、1990年に発効しました。日本は1994年に批准しました。

 

子どもの権利条約
第23条

1 締約国は、精神的又は身体的な障害を有する児童が、その尊厳を確保し、自立を促進し及び社会への積極的な参加を容易にする条件の下で十分かつ相応な生活を享受すべきであることを認める。 

3 障害を有する児童の特別な必要を認めて、…障害を有する児童が可能な限り社会への統合及び個人の発達(文化的及び精神的な発達を含む。)を達成することに資する方法で当該児童が教育、訓練、保健サービス、リハビリテーション・サービス、雇用のための準備及びレクリエーションの機会を実質的に利用し及び享受することができるように行われるものとする

 

子どもの権利条約の第23条第1項は、インクルーシブな社会を志向していることを示しています。国際的な障害児教育の流れは、インテグレーションからインクルーシブ教育へと進んでいました。

 

言葉の整理をしておきましょう。

 

ノーマライゼーション
障害者と健常者とは、お互いに区別されることなく、社会生活を共にするのが正常なことであり、本来の望ましい姿であるとする考え方。それに向けた運動や施策等も含まれる。

■インテグレーション■
統合教育とも訳されている。予め健常児と障害児を区別した上で、同じ場所で教育する。

インクルージョン
語意は「受け入れる」。「みんな一緒が当たり前」を原則に、障害の有無にかかわらずすべての子どもを分け隔てなく「共に生きる仲間」としてとらえることが出発点。

■インクルーシブ教育■
すべての子どもが普通学級で学び、必要に応じた教育支援が受けられる制度。国際的な主流になっている。

 

インテグレーションとインクルーシブの違いは、障害の有無によって子どもを分けるか分けないかにあります。世界は分けないでともに学ぶ方向に進んでいました。

 

日本はそのとき「特殊教育」の時代でした。

特殊教育では、障害の有無によって分けること(分離)が原則で、しかも部分的交流を除いて別学習が基本でした。

子どもの権利条約を批准した日本は、条約の求める理念と国内の現実の整合性を図る必要があります。

 

その時文部省はどうしたでしょう。


子どもの権利条約の第23条第3項に、「障害を有する児童の特別な必要」という言葉が出てきます。日本語で「特別な必要」と翻訳された元の言葉は「special needs」です。そして、「特別な必要を認めて、個人の発達を達成することに資する教育」として、原則分離の特殊教育制度を正当化しました。

つまり、インテグレーションの理念は取り入れられませんでした。

 

 

サラマンカ宣言(1994年)・障害者権利条約(2007年署名)と特別支援教育

 

1994年6月、スペインのサラマンカで「特別なニーズ教育に関する世界会議:アクセスと質」が開かれ、そこで出されたのが「サラマンカ宣言」です。

 

特別なニーズ教育における原則、政策、実践に関するサラマンカ声明

2 われわれは以下を信じ、かつ宣言する。
……、このインクルーシブ志向をもつ通常の学校こそ、差別的態度と戦い、すべての人を喜んで受け入れる地域社会をつくり上げ、インクルーシブ社会を築き上げ、万人のための教育を達成する最も効果的な手段であり、さらにそれらは、大多数の子どもたちに効果的な教育を提供し、全教育システムの効率を高め、ついには費用対効果の高いものとする。


3 われわれはすべての政府に以下を要求し、勧告する。
……、通常の学校内にすべての子どもたちを受け入れるという、インクルーシブ教育の原則を法的問題もしくは政治的問題として取り上げること

 

2006年の国連総会で、障害者の権利に関する条約(略称:障害者権利条約)が採択されます。日本は2007年に署名し、2014年1月に世界で140番目の批准国になりました。

 

第24条 教育


1.締約国は、教育についての障害者の権利を認める。締約国は、この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現するため、次のことを目的とするあらゆる段階における障害者を包容する(inclusion=受け入れる)教育制度及び生涯学習を確保する


2.締約国は、1の権利の実現に当たり、次のことを確保する。

1.障害者が障害を理由として教育制度一般(the general education system=一般教育制度)から排除されないこと及び障害のある児童が障害を理由として無償のかつ義務的な初等教育から又は中等教育から排除されないこと

2.障害者が、他の者と平等に、自己の生活する地域社会において、包容され、質が高く、かつ、無償の初等教育の機会及び中等教育の機会を与えられること

3.個人に必要とされる合理的配慮が提供されること

4.障害者が、その効果的な教育を容易にするために必要な支援を教育制度一般の下で受けること

5.学問的及び社会的な発達を最大にする環境において、完全な包容という目標に合致する効果的で個別化された支援措置がとられることを確保すること。

 

文部科学省は、2001年に初めて「特別支援教育」という言葉を使います。

2005年12月に中央教育審議会 から「特別支援教育を推進するための制度の在り方について」の答申が出されます。
2006年3月には学校教育法施行規則の一部改正が行われ、同年4月されます。いわゆる「通級制の弾力化」が行われることになります。
2006年6月15日に「学校教育法等の一部を改正する法律案」可決・成立し、6月21日に公布されます。そして、2007年4月から特別支援教育が正式に実施されます。

 

サラマンカ宣言に出てくる「特別なニーズ教育」の原語が「Special Needs Education」です。この「Special Needs Education」の別翻訳が「特別支援教育」という言葉です。

つまり、文科省はこれまでの原則分離の特殊教育からインクルーシブ教育へと転換したわけです。言葉上は…。

 

特別支援教育」の内実については、次回の稿で検証します。