教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

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文科省の人権教育=「人権教育の指導方法等の在り方について[第三次とりまとめ]」

しばしば日本は「人権後進国」だと言われます。「経済は一流、人権は二流(三流?)」とも言われます。

教育の世界においてもそれは同様で、実際、「人権」という教科もなければ教科書もありません。

 

ところが、文部科学省は人権教育推進の方針を出しているのです。

 

「第三次とりまとめ」と呼ばれているものがそれで、2008年3月に出されました。当然いまも生きているものです。しかし教育現場では十分周知されていないのが実状です。

今回は、「人権教育の指導方法等の在り方について[第三次とりまとめ]」について紹介します。

 

2000年に制定された「人権教育・啓発推進法」によって、2002年に「人権教育推進に関する基本計画」が策定されました。

この基本計画に基づいて文部科学省は、2003年に「人権教育の指導方法等に関する調査研究会議」(座長:福田弘 筑波大学教授[当時])を設置しました。

「調査研究会議」は、2003年の設置以来、学校教育における人権教育の推進のために、指導内容や方法等の在り方について調査研究を進めてきました。

文部科学省は、2004年6月に第一次とりまとめを公表し、その後、2005年10月に第二次とりまとめ案をもとにパブリックコメントを募り、2006年1月に取りまとめ案が出ました。さらに実践編事例の資料を整理し、2008年3月、第三次とりまとめを出しました。
第三次とりまとめの内容は、「指導のあり方」と「実践」の2編からなり、実践編では、43の実践事例が詳細に紹介されている。この2冊は文部科学省が人権教育について体系的にまとめた初めての文書であり、文部科学省の人権教育推進方針になっています。

 

「第三次とりまとめ」の内容を盛り込んだ「指導のあり方」と「実践」の2編の冊子は、全国津々浦々の学校現場に配布されました。今も職員室のどこかにあるはずです。読んだ人はあまりいないでしょうが。

実は私の勤務していた職場にこの冊子が届いたのは、刊行から3年後、2011年の春でした。しかも、文科省は説明会や研修会も実施しませんでした。道徳を教科化する際の熱心さに比して、本気度が問われます。

 

1995年から2004年までの10年間は「人権教育のための国連10年」の期間で行動計画を立てそれを具体化する必要がありました。文科省が重い腰を上げた背景には、こうした国際的な事情も大きく作用したと思われます。

 

 

「人権教育の指導方法等の在り方について

             [第三次とりまとめ]」

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「第三次とりまとめ」をとりまとめた人権教育の指導方法等に関する調査研究会議には、大阪教育大の森実さんも委員として参加していました。森さんは私と同年で、大阪の同和教育をリードしてきた研究者の一人です。森さんの他にも大阪からの委員が2人いて、こうした人たちの努力が「とりまとめ」には詰まっているのだろうと推察します。それほどに、ここには日本の人権教育をリードしてきた同和教育の財産が詰め込まれています。要は、これを最大限に利用して、教室の実践に生かすことです。

 

「生きる力」は、変化の激しい社会において、他者と協調しつつ、自律的に社会生活を送るために必要な実践的な力であり、これらは、人権教育を通じて育まれる他者との共感やコミュニケーションに係る力、具体的な人権問題に直面してそれを解決しようとする行動力などとも、重なりを持つものといえる。人権教育については、このような「生きる力」を育む教育活動の基盤として、各教科、道徳、特別活動及び総合的な学習の時間(以下「各教科等」という)や、教科外活動等のそれぞれの特質を踏まえつつ、教育活動全体を通じてこれを推進することが大切である。

 

「第三次とりまとめ」は、人権教育は教育活動全体を通じてこれを推進することが大切だと断言します。学校教育のどこを切り取っても、そこには人権教育の取り組みがなければならないというのです。そこには、かつての「同和教育は教育の中核である」というフレーズを彷彿させる響きがあります。

かつての同和教育は、奈良や大阪など西日本に実践が偏っていました。ついに「同和教育研究会」が組織されず終いの道県もいくつもありますし、組織と言ってもサークル程度のところもありました。組織のあったところでは同和教育が人権教育として継承されたという感じを持っているでしょう。しかし、全国区の話になると、まったく違います。今度は、文科省が全国の津々浦々の学校において人権教育を推進せよと言っているのです。

 

学校においては、教科等指導、生徒指導、学級経営など、その活動の全体を通じて、人権尊重の精神に立った学校づくりを進めていかなければならない。


教職員による厳しさと優しさを兼ね備えた指導と、全ての教職員の意識的な参画、児童生徒の主体的な学級参加等を促進し、人権が尊重される学校教育を実現・維持するための環境整備に取り組むことが大切である。また、こうした基盤の上に、児童生徒間の望ましい人間関係を形成し、人権尊重の意識と実践力を養う学習活動を展開していくことが求められる。


その際、校長は、人権教育の推進の視点に立って学校の教育目標を作成するとともに、自校の実態を踏まえ、人権教育に関わる目標について教職員相互の共通理解を図り、効果的な実践と適切な評価が行われるよう、リーダーシップを発揮しなければならない。 

 

 人権教育の充実を目指した教育課程の編成

 

人権尊重の理念に立った生徒指導 

 

人権尊重の視点に立った学級経営等

 

人権尊重の視点からの学校づくりと学力向上

 

各学校においては、校長のリーダーシップの下、教職員が一体となって人権教育に取り組む体制を整え、人権教育の目標設定、指導計画の作成や教材の選定・開発などの取組を組織的・継続的に行うことが肝要である。また、こうした人権教育の取組については、当該学校における活動全体の評価の中で定期的に点検・評価を行い、主体的な見直しを行うとともに、その取組に関する情報は、保護者や地域の人々に対しても積極的に提供するよう努めることが求められる。
その際、学校評議員や保護者等の意見を聞く機会を設けることも重要となる。

 

 

人権尊重の精神に立った学校づくりとは、「人権教育の充実を目指した教育課程の編成」「人権尊重の理念に立った生徒指導」「人権尊重の視点に立った学級経営等」「人権尊重の視点からの学校づくりと学力向上」など、教育活動のあらゆる場面で具現化されるものです。そして、その実現ために校長はリーダーシップを発揮しなければならないとしているのです。


人権教育の充実を目指した教育課程の編成」では、各教科・領域の年間計画に、人権教育のプログラムを入れたり、既存の計画に人権の視点を加えていけばよいのです。そうすることで、時間割上に特定の枠を持たない人権教育を着実に実践できるステージが設定されることになります。


人権尊重の理念に立った生徒指導」については、かつて生徒指導を担当した時「生徒指導の基本は児童理解にある。個々の違いを認め合った上で、最小限の集団規律は厳に守らせる」という方向性を提案したことを想起させます。そのことと「人権尊重の理念に立った生徒指導」は、同じ響きがあると感じます。


人権尊重の視点に立った学級経営等」の“人権尊重の視点”とは、子どもの側からの視点ということです。子どもの側からの視点に立って見た時に、「楽しく居心地のよいクラスか」「生き生きと自己実現できるクラスか」といったことが問われています。


人権尊重の視点からの学校づくりと学力向上」では、子どもの側からの視点で学校改革・授業改革に取り組むことを求めています。たとえば「授業のユニバーサルデザイン化」や「学びの共同体」などは、すべての子どもの「わかる・できる」を保障するための手立てといえます。


こうしてみてくると、同和教育が大切にしてきたことのほとんどすべてが網羅されていることが分かります。(なお、「三次とりまとめ」は人権教育そのものについても述べているのだが、ここでは省きます)

 

「とりまとめ」は、「点検・評価」も求めているので、組織としての進捗具合も可視化できます。

 

各学校において人権教育を進めるに当たっては、まず、教職員自身が人権尊重の理念を十分認識することが肝要である。その上で、人権に関する知的理解を深めさせ、人権感覚を身に付けさせる指導を組織的・計画的に進めることにより、児童生徒が、[自分の大切さとともに他の人の大切さを認めること]ができるようになり、それが様々な場面や状況下での具体的な態度や行動に現れるようになることを目指していくこととなる。

各学校において、このような観点から、人権教育に関わる研修の位置付けを明確化し、これに取り組むことは大変重要である。

 

各学校においては、人権教育の年間指導計画に基づき当該年度に取り組む人権教育の目標、内容、方法等について、必要な研修プログラムを作成し、これに沿った研修の取組を進めることが重要である。研修プログラムの作成に当たっては、教育委員会が示す指針や指導の重点などを踏まえるとともに、児童生徒の実態や取組の進捗状況を的確に把握することが重要である。なお、前年度の評価結果を踏まえた評価項目表を作成するなどにより、各年度末等には、実施状況について、適宜、点検・評価を行うとともに、さらなる改善・充実のための方策を明らかにし、次年度の計画につなげていくことが大切である。


「とりまとめ」は、「人権教育に関わる研修」についても「位置付けを明確化」した上で「必要な研修プログラムを作成」することを求めています。そして、「人権教育の年間指導計画」を自校の教育課程のなかにきちんと位置づけることが必要です。

 

いま一度、あなたの立ち位置、あなたの職場の立ち位置を文科省「第三次とりまとめ」の求めるところを手がかりに検証してはいかがでしょう。