教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

安倍教育改革の遺したもの(その4)

教育基本法の「改正」③

 

教育基本法が「改正」されたのは、安倍氏が首相に就任した直後です。

つまり、「改正」法案は就任以前に用意されていました。今回は、法案ができる前段階を検証しつつ、その背景に迫りたいと思います。

 

 

文部科学省の公式アナウンスによると、「改正」の経緯は次のようになります。

 

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ここで問題になるのは、最初に出てくる「教育改革国民会議」です。

「教育改革国民会議」というのは、2000年(平成12年)3月24日に設置された小渕恵三内閣総理大臣(当時)の私的諮問機関です。

2000年12月22日、森喜朗内閣総理大臣(当時)に最終報告として「教育改革国民会議報告 -教育を変える17の提案-」を提出しています。

教育を変える17の提案


人間性豊かな日本人を育成する

・教育の原点は家庭であることを自覚する

・学校道徳を教えることをためらわない

・奉仕活動を全員が行なうようにする

・有害情報等から子どもを守る

・問題を起こす子どもへの教育を曖昧にしない

 

●一人ひとりの才能を伸ばし、 想像性に富む人間を育成する

・一律主義を改め、個性を伸ばす教育システムを導入する

・記憶力偏重を改め、大学入試を多様化する

・リーダー養成のため、大学・大学院の教育・研究機能を強化する

・大学にふさわしい学習を促すシステムを導入する
・職業観、勤労感を育む教育を推進する

 

●新しい時代に新しい学校作りを

・教師の意欲や努力が報われ 評価される体制をつくる

 ・地域の信頼に応える学校づくりを進める

 ・学校や教育委員会に 組織マネジメントの発想をとり入れる

 ・授業を子どもの立場に立った、 わかりやすく効果的なものにする
 ・新しいタイプの学校(“コミュニティ・スクール”等)の設置を促進する

●教育振興基本計画と教育基本法
 ・教育施策の総合的推進のための 教育振興基本計画を
 ・新しい時代にふさわしい教育基本法


6.新しい時代にふさわしい教育基本法

 日本の教育は、戦後50年以上にわたって教育基本法のもとで進められてきた。この間、教育は著しく普及し、教育水準は向上し、我が国の社会・経済の発展に貢献してきた。しかしながら、教育基本法制定時と社会状況は大きく変化し、教育の在り方そのものが問われていることも事実である。このような状況を踏まえ、私たちは、次代を託する子どもたちが、夢や志を持てるような新しい教育のあるべき姿について考え、具体的な対応策を提言してきた。それとあわせて、教育基本法についても、新しい時代の教育の基本像を示すものとなるよう率直に論議した。

 これからの時代の教育を考えるに当たっては、個人の尊厳や真理と平和の希求など人類普遍の原理を大切にするとともに、情報技術、生命科学などの科学技術やグローバル化が一層進展する新しい時代を生きる日本人をいかに育成するかを考える必要がある。そして、そのような状況の中で、日本人としての自覚、アイデンティティーを持ちつつ人類に貢献するということからも、我が国の伝統、文化など次代の日本人に継承すべきものを尊重し、発展させていく必要がある。そして、その双方の視野から教育システムを改革するとともに、基本となるべき教育基本法を考えていくことが必要である。このような立場から、新しい時代にふさわしい教育基本法には、次の三つの観点が求められるであろう。

 第一は、新しい時代を生きる日本人の育成である。この観点からは、科学技術の進展とそれに伴う新しい生命倫理観、グローバル化の中での共生の必要性、環境の問題や地球規模での資源制約の顕在化、少子高齢化社会や男女共同参画社会、生涯学習社会の到来など時代の変化を考慮する必要がある。また、それとともに新しい時代における学校教育の役割、家庭教育の重要性、学校、家庭、地域社会の連携の明確化を考慮することが必要である。
 第二は、伝統、文化など次代に継承すべきものを尊重し、発展させていくことである。この観点からは、自然、伝統、文化の尊重、そして家庭、郷土、国家などの視点が必要である。宗教教育に関しては、宗教を人間の実存的な深みに関わるものとして捉え、宗教が長い年月を通じて蓄積してきた人間理解、人格陶冶の方策について、もっと教育の中で考え、宗教的な情操を育むという視点から議論する必要がある。
 第三は、これからの時代にふさわしい教育を実現するために、教育基本法の内容に理念的事項だけでなく、具体的方策を規定することである。この観点からは、教育に対する行財政措置を飛躍的に改善するため、他の多くの基本法と同様、教育振興基本計画策定に関する規定を設けることが必要である。
 これら三つの観点は、新しい時代の教育基本法を考える際の観点として重要なものであり、今後、教育基本法の見直しを議論する上において欠かすことのできないものであると考える。

 新しい時代にふさわしい教育基本法については、教育改革国民会議のみならず、広範な国民的論議と合意形成が必要である。今後、国民的な論議が広がることを期待する。政府においても本報告の趣旨を十分に尊重して、教育基本法の見直しに取り組むことが必要である。その際、教育基本法の改正の議論が国家至上主義的考え方や全体主義的なものになってはならないことは言うまでもない。

 ちなみに「提言」を行った教育改革国民会議の委員は次の方たちです。(肩書きは当時のもの)

江崎玲於奈  (座長、芝浦工業大学学長)
浅利慶太  (劇団四季代表)
石原多賀子  (金沢市教育長)
今井佐知子  (社団法人日本PTA全国協議会会長)
上島一泰  (ウエシマコーヒーフーズ代表取締役社長)
牛尾治朗  (ウシオ電機会長)
大宅映子  (ジャーナリスト)
梶田叡一  (京都ノートルダム女子大学学長)
勝田吉太郎  (鈴鹿国際大学学長・京都大学名誉教授)
金子郁容  (慶應義塾幼稚舎長 )
河合隼雄  (国際日本文化研究センター所長)
河上亮一  (川越市立城南中学校教諭)
木村孟  (大学評価・学位授与機構長)
草野忠義  (連合副会長)
グレゴリー・クラーク  (多摩大学学長)
黒田玲子  (東京大学教授)
河野俊二  (東京海上火災保険取締役会長)
曾野綾子  (日本財団会長、作家)
田中成明 (京都大学教授)
田村哲夫  (渋谷教育学園理事長)
沈壽官  (薩摩焼宗家十四代
浜田広  (リコー会長)
藤田英典  (東京大学教育学部長)
森隆夫  (お茶の水女子大学名誉教授)
山折哲雄  (京都造形芸術大学大学院長)
山下泰裕  (東海大学副学長)

 

 

ところで、「教育改革国民会議」が提言を出す3ヶ月前、2000年9月18日に「新しい教育基本法を求める会」という民間団体が、森喜朗首相(当時)に「新しい教育基本法への六つの提言」を出しています。


「新しい教育基本法を求める会」は、会長が西澤潤一氏(岩手県立大学長)、事務局長が高橋史郎氏で、坂本多加雄学習院大学教授、西尾幹二電気通信大学教授など、「新しい歴史教科書をつくる会」の中心人物と重なっています。

 

西澤潤一編著『新教育基本法6つの提言』の「内容説明」にはこうあります。

いじめ、登校拒否、学級崩壊など、今や日本の教育は崖っぷちにある。本書執筆陣は「その元凶は、教育基本法に他ならない」と語る。戦後、GHQの強い指導のもとでつくられた教育基本法は、教育現場から伝統愛国心道徳宗教的情操といったものを排除した。その結果、日本の教育は崩壊の一途をたどったのだ。そこで、二一世紀の教育を憂う識者が立ちあがり、「新しい教育基本法」の理念を一年間かけて研究してきた。本書はその成果である。新教育基本法にいったい何を盛り込むべきか、荒廃する教育現場の現状をふまえながら、具体的な提案を行う。

「新しい教育基本法を求める会」の「六つの提言」とは、

伝統の尊重愛国心の育成

家庭教育の重視

宗教的情操の涵養道徳教育の強化

国家と地域社会への奉仕

文明の危機に対処するための国際協力

教育における行政責任の明確化」です。

 

「いじめ、登校拒否、学級崩壊などの『元凶』は教育基本法にある。だから教育基本法を新しく制定する」という論は、教育現場の実感とはちょっと違うように思います。

しかし、「GHQに押しつけられたいまの教育基本法は日本の教育をダメにした。だから我々の手で新しい教育基本法を制定する」というのなら、いわゆる「押しつけ憲法」論と同軸上のものとして理解できます。(同意できるかどうかは別問題です)

 

諮問機関の提言と一民間団体の提言は、見事に重なります。

 

これ以上の深掘りはしませんが、法案よりも少なくとも5年以上前からの顕在化した動きがあり、それを安倍氏が結実させたということです。