小学校のうちに知っておきたい故事成語の第28回は「夏炉冬扇」です。
夏炉冬扇
「夏炉冬扇」の読み方
かろとうせん
「夏炉冬扇」の意味
時機にあわない無用の事物のたとえ。「六日の菖蒲あやめ十日の菊」の類。(広辞苑)
「夏炉冬扇」の使い方
ことに時候を論ぜざる見世物と異なりて、渠(かれ)の演芸はおのずから夏炉冬扇のきらいあり。その喝采(やんや)は全く暑中にありて、冬季は坐食す。(泉鏡花『義血侠血』1894年)
「夏炉冬扇」の語源・由来
「夏炉冬扇」の出典は、『論衡(ろんこう)』1巻「逢遇(ほうぐう)篇」です。
『論衡』は、中国後漢時代の王充(27年 - 1世紀末頃)が著した全30巻85篇から成る思想書、評論書です。
作無益之能、納無補之説、以夏進鑪、以冬奏扇。
爲所不欲得之事、獻所不欲聞之語。
其不遇禍、幸矣。
何福祐之有乎。
【読み下し文】
無益(むえき)の能(のう)を作(な)し、補(おぎな)い無(な)きの説(せつ)を納(い)れ、夏(なつ)を(以も)って鈩(ろ)を進(すす)め、冬(ふゆ)を以(もっ)て扇(せん)を奏(すす)むるなり。
得(え)んことを欲(ほっ)せざる所(ところ)の事(こと)を為(な)し、聞(き)かんことを欲(ほっ)せざる所(ところ)の語(ご)を献(けん)ず。
其(そ)れ禍(わざわ)いに遇(あ)わざるは幸(さいわ)いなり。
何(なん)の福祐(ふくゆ)うか之(これ)有(あ)らん、と。
【現代語訳】
役にも立たない才能を(君主に)ささげ、何の足しにもならない意見を(君主に)提出するのは、夏に囲炉裏をすすめ、冬に扇を差し上げるようなものだ。
君主が望みもせぬことを行い、君主が聞きたくもない意見を献上するのでは、
禍にまきこまれないだけもうけもので、
果報などあろうはずがない。
「夏炉冬扇」の蘊蓄
松尾芭蕉:「予が風雅は夏炉冬扇のごとし」
「福島みんなのNEWS」に掲載された八重樫一さんの文章です。
元禄5年8月9日、芭蕉は、深川の芭蕉庵を訪れた森川許六と初めて対面しました。
このとき、許六は蕉門に入門しました。
江戸在勤をおえて森川許六が彦根に帰るとき、離別の詞として芭蕉は『柴門(サイモン)の辞』を書き送りました。
その中で、許六の才能に対する敬意と、自己の俳論の吐露を行なっています。
芭蕉の俳諧の神髄を語ったものとして、重要視されています。予が風雅は、【夏炉冬扇】のごとし。衆に逆(さか)ひて、用ゐるところなし。
私の風雅は夏の囲炉裏や冬の団扇のようなものだ。
人々の求めに逆らって誰も必要としない。いかにも自分の俳諧は何の役にも立たない、という言い方をしてますが、実はこの言葉の裏には、まことの文芸を目指すのだという強い自負が込められています。
「夏炉冬扇」の類義語
冬扇夏炉(とうせんかろ)
季節外れや時期外れで、役に立たないもの
六菖十菊(りくしょうじゅうぎく)
時期が遅れて役に立たないこと。「六日の菖蒲(あやめ)十日の菊」
牛溲馬勃(ぎゅうしゅうばぼつ)
つまらないもの。役に立たないもの
牛糞馬涎(ぎゅうふんばせん)
つまらないもの。役に立たないもの
泥車瓦狗(でいしゃがこう)
役に立たないもの
陶犬瓦鶏(とうけんがけい)
形ばかり立派で、実際には役に立たないもの
屋上架屋(おくじょうかおく)
無駄なことを繰り返すこと
牀上施牀(しょうじょうししょう)
無駄なことを繰り返すこと
対牛弾琴(たいぎゅうだんきん)
何の効果もなく無駄なこと
対驢撫琴(たいろぶきん)
何の効果もなく無駄なこと
屠竜之技(とりょうのわざ、とりょうのぎ)
①立派な学問を学んでも、実際に役に立たなくては無意味であること
②優れてはいるが、学んでも役に立たない無駄な技術のこと
画蛇添足(がだてんそく)
余計なものをつけ足すこと