人物中心の歴史 ~国を愛する心情を育てる~
現行の小学校学習指導要領(平成 29 年告示)は、6年生の歴史学習の目標を次のように規定しています。
1 目標
(1) 国家・社会の発展に大きな働きをした先人の業績や優れた文化遺産について興味・関心と理解を深めるようにするとともに,我が国の歴史や伝統を大切にし,国を愛する心情を育てるようにする。
歴史学習の目的(目標)が2つ述べられています。
①先人の業績や優れた文化遺産について興味・関心と理解を深める
②我が国の歴史や伝統を大切にし,国を愛する心情を育てる
①と②は並列ではなく、①を達成することを通して②をめざすと理解するのが妥当でしょう。
学習指導要領における歴史学習の最終目標は、「国を愛する心情」です。
したがって、歴史学習の内容は、「国を愛する心情」につながる人物や文化遺産の理解ということになります。
2 内容
(1) 我が国の歴史上の主な事象について,人物の働きや代表的な文化遺産を中心に遺跡や文化財,資料などを活用して調べ,歴史を学ぶ意味を考えるようにするとともに,自分たちの生活の歴史的背景,我が国の歴史や先人の働きについて理解と関心を深めるようにする。
ア 狩猟・採集や農耕の生活,古墳について調べ,大和朝廷による国土の統一の様子が分かること。その際,神話・伝承を調べ,国の形成に関する考え方などに関心をもつこと。
イ 大陸文化の摂取,大化の改新,大仏造営の様子,貴族の生活について調べ,天皇を中心とした政治が確立されたことや日本風の文化が起こったことが分かること。
ウ 源平の戦い,鎌倉(かまくら)幕府の始まり,元との戦いについて調べ,武士による政治が始まったことが分かること。
エ 京都の室町に幕府が置かれたころの代表的な建造物や絵画について調べ,室町文化が生まれたことが分かること。
オ キリスト教の伝来,織田(おだ)・豊臣(とよとみ)の天下統一,江戸幕府の始まり,参勤交代,鎖国について調べ,戦国の世が統一され,身分制度が確立し武士による政治が安定したことが分かること。
カ 歌舞伎(かぶき)や浮世絵,国学や蘭学(らんがく)について調べ,町人の文化が栄え新しい学問が起こったことが分かること。
キ 黒船の来航,明治維新,文明開化などについて調べ,廃藩置県や四民平等などの諸改革を行い,欧米の文化を取り入れつつ近代化を進めたことが分かること。
ク 大日本帝国憲法の発布,日清(にっしん)・日露の戦争,条約改正,科学の発展などについて調べ,我が国の国力が充実し国際的地位が向上したことが分かること。
ケ 日華事変,我が国にかかわる第二次世界大戦,日本国憲法の制定,オリンピックの開催などについて調べ,戦後我が国は民主的な国家として出発し,国民生活が向上し国際社会の中で重要な役割を果たしてきたことが分かること。
3 内容の取扱い
(1) 内容の(1)については,次のとおり取り扱うものとする。
ア 児童の興味・関心を重視し,取り上げる人物や文化遺産の重点の置き方に工夫を加えるなど,精選して具体的に理解できるようにすること。その際,ケの指導に当たっては,児童の発達の段階を考慮すること。
イ 歴史学習全体を通して,我が国は長い歴史をもち伝統や文化をはぐくんできたこと,我が国の歴史は政治の中心地や世の中の様子などによって幾つかの時期に分けられることに気付くようにすること。
ウ アの「神話・伝承」については,古事記,日本書紀,風土記などの中から適切なものを取り上げること。
エ アからクまでについては,例えば,次に掲げる人物を取り上げ,人物の働きを通して学習できるように指導すること。(人名のナンバリングは引用者が付しました)
《01》卑弥呼(ひみこ),
《02》聖徳太子(しょうとくたいし),
《03》小野妹子(おののいもこ),
《04》中大兄皇子(なかのおおえのおうじ),
《05》中臣鎌足(なかとみのかまたり),
《07》行基(ぎょうき),
《08》鑑真(がんじん),
《09》藤原道長(ふじわらのみちなが),
《10》紫式部(むらさきしきぶ),
《11》清少納言(せいしょうなごん),
《12》平清盛(たいらのきよもり),
《13》源頼朝(みなもとのよりとも),
《14》源義経(みなもとのよしつね),
《15》北条時宗(ほうじょうときむね),
《16》足利義満(あしかがよしみつ),
《17》足利義政(あしかがよしまさ),
《18》雪舟(せっしゅう),
《19》ザビエル,
《20》織田信長(おだのぶなが),
《21》豊臣秀吉(とよとみひでよし),
《22》徳川家康(とくがわいえやす),
《23》徳川家光(とくがわいえみつ),
《24》近松門左衛門(ちかまつもんざえもん),
《25》歌川(うたがわ)(安藤(あんどう))広重(ひろしげ),
《26》本居宣長(もとおりのりなが),
《27》杉田玄白(すぎたげんぱく),
《28》伊能忠敬(いのうただたか),
《29》ペリー,
《30》勝海舟(かつかいしゅう),
《31》西郷隆盛(さいごうたかもり),
《32》大久保利通(おおくぼとしみち),
《33》木戸孝允(きどたかよし),
《34》明治天皇,
《35》福沢諭吉(ふくざわゆきち),
《36》大隈重信(おおくましげのぶ),
《37》板垣退助(いたがきたいすけ),
《38》伊藤博文(いとうひろぶみ),
《39》陸奥宗光(むつむねみつ),
《40》東郷平八郎(とうごうへいはちろう),
《41》小村寿太郎(こむらじゅたろう),
《42》野口英世(のぐちひでよ),
オ アからケまでについては,例えば,国宝,重要文化財に指定されているものや,そのうち世界文化遺産に登録されているものなどを取り上げ,我が国の代表的な文化遺産を通して学習できるように配慮すること。
小学校における歴史学習は、通史ではなく人物中心の歴史という色彩が濃いです。それは、子どもの発達段階から考えると、致し方のないことだと思います。しかし、そこには歴史の連続性が見えなくなる、英雄伝に終始しかねないという根本的な落とし穴があります。授業者がそのことを認識していることが前提の学習でなければなりません。
指導要領が例示する歴史上の人物は、ときの為政者か著名な文化人です。
それらの人たちは傑出した個人であったことは間違いありません。しかし、歴史の流れが生み出した存在であることも事実です。たとえば私の好きな坂本龍馬は、幕末のあの時期に生きたからこそ歴史上の人物(学習指導要領からは漏れ落ちましたが)たりえたのです。英雄の業績は、そのことの時期をいくらか早める役割を果たしたということだと私は考えています。
ある個人の業績ではなく、ましてやその人となりなんかでは全くなく、どういう流れのなかでそれが為されたかということが大事です。少なくとも、授業者には。
為政者の歴史とはコインの裏表の位置に、名もなき民衆の暮らしの歴史があります。文字に残された歴史は為政者のものに偏りますが、その文字と文字の間に民衆の暮らしがあります。そこを読み取る想像力も、歴史の授業者には不可欠です。
でもって、行き着く先は「国を愛する心情」です。
悪くはないのですが、歴史学習で用いるこのフレーズは微妙です。
「国を愛する心情」≒「愛国心」であって、「国を愛する心情」=「愛国心」ではありません。歴史学習における「愛国心」の語は、素朴な愛国心情ではなく、戦前の国史教育のような政治的意図の強いものを連想させます。
たとえば指導要領に、
ア 児童の興味・関心を重視し,取り上げる人物や文化遺産の重点の置き方に工夫を加えるなど,精選して具体的に理解できるようにすること。その際,ケの指導に当たっては,児童の発達の段階を考慮すること。
という記述があります。
「ケの指導」とは、「日華事変,我が国にかかわる第二次世界大戦」を指します。
「児童の発達の段階を考慮すること」など、常識中の常識です。ではなぜこの箇所にのみ「考慮」を求めているのでしょう。「考慮」の中身が、戦争の加害性と残虐性であることは容易に想像できます。どう「考慮」するのかというと、あまり触れないようにと暗に求めているのでしょう。
そこに歴史修正主義のような政治的意図が介在しているとしたら、それはまさにあの「愛国心」教育になります。
かくのごとく、「国を愛する心情」を目標とする歴史学習は微妙なものなのです。
今回は、学習指導要領にみる歴史学習を概観しました。
次回は、歴史教育って何を教える学問かについて考えます。