法隆寺五重塔が創建された時代に、「耐震構造」という言葉はありませんでした。そういう考え方自体なかっただろうと思います。
しかし、1300年後の現代から振り返ってみると、法隆寺五重塔は地震による倒壊がなかった。つまり、すぐれた耐震構造を備えていたということになります。
そうした法隆寺五重塔の構造は、東京スカイツリーの構造に生かされているというのです。
710年ごろに建造された世界最古の木造建築である法隆寺五重塔の技法が、1300年のときを経て、世界一高いタワーの建築技法に生きているのです。それだけで歴史のロマンを感じます。
肝心の「耐震構造」については、工学的知識のない私にはよく分かりません。
「濃尾・各務原地名文化研究」HPに、「何故、五重塔は倒壊しなかったのか」と題する文章が掲載されています。その1節「Ⅴ.五重塔はなぜ倒れないか」をお借りして紹介します。
Ⅴ.五重塔はなぜ倒れないか
1)上田篤*1)編『五重塔はなぜ倒れないか』
写真-5 上田篤編『五重塔はなぜ倒れないか』
五重塔は、昔から地震で倒れない、といわれつづけてきた。しかし、これまで、その理由について明快に説明されることはなかった。 今回、建築家、建築史家、建築構造家たちが論じあい、ひとつの結論が浮かびあがった。 それは「五つの帽子を積みあげたような五重塔は、地震のときスネーク・ダンスをするが、真中を通っている心柱がその乱れを抑えて、 しだいに振動を弱めていく」というものだ。
帽子というのは、上重の柱とそれを支える土台*3)が小屋組の上にすっぽり被さる様を氏がイメージしたものです。明治以降、西洋から伝えられた建築構造力学は、鉄骨やコンクリートなどの工業材料が中心でした。 木材などの自然材料は均質性が低いため力学的解析も難しく、可燃性であることからも建築材料としては軽視される傾向にありました。 そのため、当時もまだ木造の伝統的な建築物に対する研究は進んでいませんでした。 そうした状況で上田氏は同書の中で、次のように述べています。
…建築構造の専門家に五重塔の不倒理由を聞いても、納得のいく答えがなかなか得られないのである。 せいぜい、木造の組物の接合部がゆるやかなために、地震のエネルギーをよく吸収して、建物が破壊にいたるまでの変形を おこさしめないのではないか、というぐらいである。 それでは、地震がおきたときに、しばしば低い建物の本堂が潰れて、高い建物の塔が倒れないのは何故か、という疑問に答えられない。
こうした氏の挑戦は、研究者のみならず広く世間に、五重塔への関心を高めていったといえます。 そして、「キャップ」、「スネークダンス」、「ヤジロベー」というようなユニークなキーワードは、いろいろな場面で目にするようになりました。図-19 2支点ヤジロベー
また、一つの振動モデルとして、柱の長い一重目は横方向に歪み(並進運動)、二重目以降は、柱が短いため横への力より 回転しようとする力(回転運動)の方が勝って、傾きの反対側が浮き上がりやすいと考えられるといいます。 このことは、自重が軽くなっていく上重において顕著となります。
これを防いでいるのが心柱ではないかといわれています。いわゆる石田修三氏の「閂」説です。(これについては後述)
しかし、ここまでの話は法隆寺などの初期の積重ね構法においてはイメージしやすいですが、 「長柱」や強力な「張り出し梁」で上下の柱が組まれる櫓構法では様子が違ってきます。 しかも、屋根も重い本瓦とは限りません。
建築設計、地域計画に携わるが、建築批評に始まり、都市計画論、都市論、文化論を広く展開する総合的な批評家として知られる。
[日本大百科全書]
…この一文を、関係する建築史家、建築構造学者の皆さんに見てもらい、批評、反論、あるいは専門の見地からの詳論を乞うた。 こうしてできあがったのが本書である。したがって、本書は、統一した目標も、共通した結論ももたない。 いわば紙上シンポジウムのようなものである。…
その一文は、そのまま同書「序 謎の建築・五重塔」に収められています。2)だから倒れない
明治以降に再建された木造五重塔も、よく知られたものだけでも20基ほどあります。 それらも含めて共通していえることは、礎石式の柱*1)を含め、継手や仕口などの木組による伝統工法で建てられているということです。 そして、これこそが五重塔が倒れない理由なのです。 それは既に云われているように、木組の隙間(ガタ)*2)や木材のくい込みなどである程度の歪みを許容する「しなやかな構造」にあるためです。 どのように揺れるかは、その構造によって異なります。 今、こうした既存の塔に測定器などを取り付けモニタリングが続けられ、振動に対する研究がなされています。*3) そして、その目的の多くは、設計時に必要な最大振れ幅等の実証にあります。
では、何故、低層の伽藍などが倒壊し、五重塔だけが免れ得たのでしょうか。 それは、五重塔という細くて高い建造物の特徴である次の二点が考えられるのです。
1) 固有周期が長いことです。 2) 内部が狭いことです。
金堂のように広い居室はなく、塔の容積の凡そ半分近く*5)が構造材で占められ、狭い空間しかないことです。 まるで塔全体が木組みでできた、しなやかな棒のようだからです。
柱は固定として解析されていて、礎石上を動いたという痕跡を調査報告で目にしたことはありません。
平成に建立(1997-2011)。設計時の理論値と建立後の実測値との検証が行われています。 ほぼ醍醐寺五重塔に近い構造。ただ、基壇下にパイルを打って地盤を強化し、柱の根元側にも貫が通されています。
【法華経寺】(参考文献-5)
法隆寺(32.45m)1.25秒、 東寺(54.84)1.81秒
と報告されています。その後
厳島神社(28.38m)1.15秒、 法華経寺(30.8m)1.23秒、 妙成寺(34.18m)1.32秒
などを始め(参考文献-7)、多くの既存五重塔で観測されています。( )内は五重塔の総高で、固有周期との比例関係を表す近似式が種々の研究機関から発表されています。
3)心柱の謎
前述の上田氏は、古代から続く日本人の「柱信仰」から、次のようなユニークな発想を述べています。 さて、先にも述べたように、塔が大きく揺れないように心柱が関わるというのが閂説でした。 塔と心柱は異なった揺れ方をします。 塔が大きく揺れようとしたとき、内部の横架材(四天枠)や隅木の根元などに心柱が衝突して、閂のように揺れを抑制してくれるというものです。 石田氏は、自ら考案した模型での実験で、地上式の心柱に最も閂効果がみられたと述べられています。 こうして、心柱が幾多の地震から塔を救ってきたのでしょうか。 現存する塔の心柱に、そうした衝突の痕跡が見られたという報告は、まだ目にしていませんが、 見つかれば、実験より説得力があるように思います。
現代の高層ビルには「質量付加機構」という装置が取り付けられています。 この装置は、傾きと反対方向に動く「重り」が中に入っていて、ビルの振動と異なる動きをすることで制振するというものです。 東京スカイツリーでは、この装置が付けられないので*)、そこで考えだされたのが中央の円筒部(非常階段塔)なのです。
この円筒部は直径8m、地下から高さ375mまであり、厚さは、高さ100mまでが40cm、高さ100~375mまでが60cmの鉄筋コンクリート造の「柱」で、 周囲の鉄骨造部分とは構造的に切り離されています。 周囲の架構との間は、ぐるりと約1m程度の隙間になっていて、高さ125m以下は固定域として鋼材により塔体とつないでおり、 高さ125~375m までは可動域として隙間にオイルダンパーを設けています。 オイルダンパーは、要はクッションのような役割で、揺れたときにこの「おもり」が塔体にぶつからないように制御するものです。 副次的には、このダンパーによって地震エネルギーを吸収することができます。[参考ウエブ-4]
そして五重塔に因んで「心柱制振」と名付けたそうです。この考え方こそが五重塔を倒壊から守っていた理由なのです。 塔の振動と異なる周期で互いに振動を弱めていたのです。 そして、上層の激しい揺れに対しては「閂」のように働いたのかもしれません。 そうした意味から、地上式の心柱の方が地震波を早く受けやすいので直下型地震には有利なのかもしれません。 逆に自由度の高い懸垂型は、大きな揺れに有利といえるかもしれません。
*) 実際には、最上部のゲイン塔(長さ120m)のために、小型の制振装置が取り付けられています。
私の構造模型はいまだ製作中です。後日、一応の形が整った時点でここに写真掲載し、この連載を終えることとします。