教育逍遙 -小学校教育の小径をそぞろ歩き-

小学校教員として歩んできた小径が、若い仲間のみなさんの道標になることを願って…。

「10秒で報告せよ!」

新聞のあるビジネス記事を読んでいて、「『社長に10秒で報告せよ』という課題が与えられた」とのくだりが目にとまりました。

 

「10秒で報告せよ!」

 

「きみの業績を10秒で報告せよ!」

「きみの研究について10秒で報告せよ!」

「わが社の再建プランを10秒で報告せよ!」

 

ビジネスシーンにおいて、「業績」や「研究」や「プラン」を社長(上司)に報告するという場面は、ごく普通にありそうです。

しかし、その報告をわずか10秒で行えと言われたらどうでしょう。

 

「10秒で報告せよ!」なんて、そもそも無茶な要求です。

新聞記事における無茶ぶり要求の主は、某大手企業のカリスマ経営者です。ビジネス世界で常に数歩先を歩んできたカリスマ経営者が課した、無茶ぶり要求の意図はなんでしょう。

私の浅薄な想像に過ぎませんが、問題の核心(コア、キモ)を捉えているかを見ているのだと思います。

核心を掴んでいれば行動にブレやズレ、ムダが生じません。核心を掴んでいれば先読みの精度が高まります。

経営者は、10秒で報告するという具体的場面を通して、問題の核心(コア、キモ)を捉えられる人物かどうかという「社員力」を見極めようとしているのでしょう。

 

「10秒で報告せよ!」なんて、そもそも無茶な要求ですが、決して無理な要求ではありません。

「10秒で報告せよ!」という無茶ぶり要求に応えることは、可能です。

無茶ぶり要求の意図が分かれば、その意図に応えれば要求を満たすことになります。

意図は問題の核心(コア、キモ)を捉える力の見極めにあると推測されます。したがって、問題の核心(コア、キモ)のみを10秒で話せばいいのです。

 

問題の核心(コア、キモ)のみを10秒で話す。

 

そのヒントが、なんと小学校3年生の国語、私の古い授業記録にありました。

教材は『ありの行列』です。(なお、授業の全体については国語科「ありの行列」で授業のUD化を考えるをご参照ください。)

 

(5)第5時-要約


授業の冒頭、各ペアにストップウォッチを持たせ、できるだけ速く役割音読するように求めました。

どんなにがんばっても2分以上かかります。タイムを確認して、「1分以内で文章の内容を伝えてほしい。どうすればいいか考えよう。」と課題を出しました。要約の必要感を持たせるための仕掛けです。

 

そこで、段落の要点を書いたセンテンスカードを黒板に貼った。

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ここでは一覧表になっていますが、実際には「はじめ」の①は水色模造紙、「中」の②から⑧は黄色模造紙、「終わり」の⑨は桃色模造紙に印字したセパレートカードになっています。「視覚化」です。

 

①のカードを読んだ途端、子どもから「おかしい」という声が上がりました。「間違っている」と言います。「先生が間違えるはずないだろ。」と言うと、「ありの行進ではなく、行列だ。」と言い張ります。「そうだっけ?」ととぼけてノートを振り返らせたあたりから、子どもが前のめりになってきました。


②からはペアで間違い探し読みをさせました。ペアによる問題解決、説明活動、さらには友だちの発言の再現・解釈といった活動は、「共有化」のためのてだてです。この間違いセンテンスカードも筑波大付小の桂さんの授業からもらったものですが、自分でも驚くほど子どもに受けました。

 

正しい要点文ができあがったので、①から⑨を通して読んでみようと呼びかけました。ストップウォッチを持っていた子どもたちは、その所要時間がおよそ1分であることに気づきました。

そこで、全文要約は段落の要点をつなげて話せばいいこと、必要な接続語を補足することなどを確認しました。--これが一般的な要約文です。

 

桂さんはこれを「書き手の要約」とよび、それを「読み手の要約」(時間の長短や知りたい事柄などの条件に応じた要約)につなげる授業を見せてくれました。それを真似て、「書き手の要約から読み手の要約へ」というのが「焦点化」した課題です。

 

「おうちの人は忙しいので、1分間も聞いてられないかも…。今度は20秒程度で話せないかな。」と投げかけてみました。

考えていく中で、カードの色の違いが文章構成を表していることに気づきました。

そして、「はじめ」の①、「中」のまとめである⑧、「終わり」の⑨をつないでいったのです。


「10秒以内だったらどうする?」と聞くと「①と⑨のカード」、「5秒以内だったら?」と聞くと「⑨だけ」と、時間の長短による要約の仕方を掴んでいきました。


最後に、「どのようにしてありの行列のでき方が分かったの?」と聞かれたら、「中」の部分を詳しく話せばいいことなどを伝えて、授業を終えました。

 「要点」、「要約」、「要旨」について若干補足します。

 ■ 「要点」…形式段落を短くまとめたもの。段落の中心文を見つければよい。
 ■「要約」…文章全体を短くまとめたもの。基本的には、各形式段落の要点をつないでいくと「要約」になる。
 ■「要旨」…その文章で筆者がもっとも言いたいこと。一般的に「まとめ」の段落の「要点」が「要旨」である。上の例では「⑨だけ」というのが「要旨」になる。

教科書や教科書会社の指導書には、「要約」と「要旨」の混同・誤用が目立ちます。きちんと区別して使い分けてほしいものです。       

 

この授業は、段落の「要点」をもとに「要約」の仕方を指導するものです。

一般的な「要約」は、段落の「要点」を接続語などを補いながらつないでいけばいいわけです。これを「あらすじ」とも言います。

『ありの行列』の文章構成は、①段落が「課題提示」、②から⑧段落が具体的説明(その内⑧は「具体的説明のまとめ」)、⑨段落が「結論」(「要旨」)です。

『ありの行列』の行列の場合、段落①から⑨までの「あらすじ」を話すと1分かかりました。

授業では、話す時間に「20秒以内」「10秒以内」「5秒以内」という時間制限を設けました。そのなかで、

「20秒以内」のときは、「課題提示」と「具体的説明のまとめ」と「結論(要旨)」、

「10秒以内」のときは、「課題提示」と「結論(要旨)」、

「5秒以内」のときは、「結論(要旨)」

を話せばいいことを学びました。

 

この例に従えば、「10秒で報告せよ!」の無茶ぶりには課題に対する結論部分を話せばいいわけです。自信があればあるほど「具体」を報告したいものですが、ここではグッと我慢です。

説得力のある「結論(要旨)」であれば、きっと「具体的に聞かせて」と求められるはずです。そうすれば「20秒」バージョンなり「1分」バージョンなり、そのときの状況に応じて詳しく話せばいいわけです。

 

小学校の説明文の学びが、ビジネスシーンにおいて物事の本質(核心)を掴み行動する力に繋がっているのです。

私にとって、新たな発見です。